終章 遺されたことば -1-
カラヤ
あんたがこれを読んでいる頃、俺は、何もかも上手くいって自由気ままな生活を送っているか、その逆か、どちらにせよ、あんたの傍にはいないだろう。
あんたの隣で、イフティラームの戦士になれたらいいと言った言葉は、偽りなく本心からの言葉だった。
でもやっぱり、そんな都合のいいことは、俺自身が許せないんだ。
俺はこのイフティラームの郷と、あんたのことを、裏切り続けていたんだから。
イフティラームの人達には、あんなによくしてもらっていたのに、俺は今まで、嘘ばっかり吐いてきた。
この手紙には、すべて正直なことを書くけど、俺はずっと、ダフシャの官僚の奴隷だった。
イフティラームに来る前までの話じゃない。
この郷に辿り着いてからも、俺はずっと、奴らの奴隷のままだったんだ。
郷の人々と共に生き、その内情をダフシャと、そして騒海の民に報せるのが、長く俺の役割だった。
最後まで、言えずにいてごめん。
俺はずるい人間だから、この郷の人達に優しくされる度、俺の裏切りが露見したらどうしようって、そんなことばかり考えてた。
傷つけられることには慣れているつもりだったけど、でも、命令を違えて鞭で打たれることよりも、優しいここの人達に軽蔑されるかもしれないことが、いつの間にか、俺にとっては何より恐ろしいことのように思えていたんだ。
その中でも、カラヤ。
俺を自分と対等に扱おうとするあんたのことが、俺は一番恐ろしかった。
俺は奴隷なのだから、主人に従わなければならないのだから、だからこそ、この郷を裏切ることも仕方ないと思えていたのに、あんたは俺にも、選択する自由を与えてしまったんだ。
ダフシャの奴らが長いこと、この恵まれたイフティラームの郷を己の掌中に収めようと画策していたのは、あんたもよく承知のはずだ。
イフティラームの郷に攻め込む隙きを狙い飽いた奴らは、その口実を作ることにしたらしい。
やつらは明日の海神祭で、ダフシャ王の血を引くあんたを、騒海の民に殺させようとしている。
俺は奴隷なのだから、奴隷として、この郷を裏切り続けてきたのだから、命じられたとおりに前夜祭で、勝ちを譲ればよかったのかもしれない。
あんたが祭壇に向かうのを、黙って見送るべきだったのかもしれない。
でも、そんなことはできなかった。
俺は自由なのだと、今になってそう思えた。
俺は、俺を育んでくれたこの郷を、守れるのだとようやく気づいた。
あんたを海の祭壇へ向かわせずに済むよう、前夜祭では痺れ薬まで使って勝ちを得た。
計画が頓挫したことを受けて、どうか考え直してくれたらいいと、俺はダフシャの連中に、わずかな期待をしていたんだ。
そうしたら、俺は何食わぬ顔で、今まで通りこの郷で生きていけるかもしれないと、そんな図々しいことも考えた。
だけど奴らは意にも介さず、あんたを祭主の付き人に仕立て上げてしまった。
これ以上、俺が下手な手を打っても無駄だろう。
俺はあんたと共に浜を出て、一人で祭壇へ乗り込もうと思う。
もし、もし何もかも全てが上手くいったら、俺はイフティラームへ戻らず、騒海の民の元で暮らしている妹を連れて、海に出ようと思ってる。
郷の人達に合わせる顔がないっていうのもあるけど、新しい土地へ行って、新しいものを見て、そこで、奴隷としてじゃない、自分の人生を歩んでみようと思うんだ。
そう思えるようになったのは、あんたと、この郷の人達のおかげだ。
ほとぼりが冷めた頃、いつかまた、この郷にも顔を出すよ。
その時は、裏切者とでもなんとでも、好きなだけ詰ってくれていい。
でもどうか一度だけ、友達だった頃みたいに隠れ浜で、岩窟墓の前で、手合せをしてくれないか?
今度こそ、なんのずるもなく、あんたに勝ってみせるからさ。
明日の晩は、俺達にとって十五の年の海神祭だ。
あんたには悪いけど、俺は祭主の服を着て、イフティラームの人間として堂々と、この郷から旅立つよ。
上手くいかなかった時のことは、あまり考えたくないけど、もし妹がひとりぼっちでいたら、助けてやってくれないか。
俺のこと、友達にしてくれた時みたいに。
あんたに謝らなきゃならないことが多すぎて、何から謝ればいいのかちっともわからないけど、でも、今までありがとう。
いつかきっと、また。
——イスタバル