旅の歯車


095 : 大きな樹

 それはまるで樹のようであった。大きな光の根底から、沢山に枝分かれして空へ向かう大樹。
 大きな、大きな、暖かな輝きをまとった、
 それはまるで樹のようであった。
 
 少年はふと、破壊者が、いや、破壊者だった一人の少年が、その輝きの束に魅入っていることに気づいた。
「これが世界」
「正確には、これが世界の『ある一つの形』」
「これは、『種』の進化した姿なのか?」
「あるいはそうとも言える。だけど僕は、この大樹はいつでもどこでも沢山の枝を空へ向けていて、ただ、偶然今目の前に見えるだけなんじゃないかと思う」
「いつでも、どこでも……」
 呟くような声に頷いて、少年はもう一度視線を大樹に戻す。
「始まりは一つ。そこから無数に伸びている枝が命だとしたら、僕達はその先についた葉のようなもの。生い茂る他の葉に隠れてしまうことも、風に弄ばれることもあるけれど、光とか、影とか、そんな物は何もない。ただ一枚の葉に、表と裏があるだけだ――」
 二人は同時に微笑んだ。
「――行くのか」
「まだ、仕事が残っているから」
「そうか」
 破壊者だった少年は、そう言ってその場へ座り込む。その髪の色は明るく光り、衣服はいくらか乱れていたが、それでも尚、その外面には幾年も一つの町を守り続けた、領主然とした風格がある。
「今更だけど、僕と君とは似ても似つかないね」
「そうだな。俺も今気がついた」
 
 大きな大きな樹の幹に、少年はそっと手を添える。
 光が、散った。

:: Thor All Rights Reserved. ::