旅の歯車


090 : 自由

「時に縛られることのない自由というものは、どれほど素晴らしいかしら」
 破壊者の母は、ままそういったことを口にすることがあった。
「老いることも死ぬこともなく、その瞬間が永遠になる。……生き物はその何もかもが容易にうつろい、そして流されやすい。それがどんなに不安なことか、どんなに不幸なことか、私はずっと見てきたわ」
 破壊者の少年は頷いた。母を喜ばせたいが為の肯定だった。破壊者の少年は、母の言う「自由」が誰にも受け入れられるものではないことを、心の真では理解していたからだ。
(叔父夫婦の所で過ごした間は、まるで地獄のようだった。――もしあの時が、永遠になどなろうものなら)
 思いはしたが、けっして口にはしなかった。
 声に出すことをしなくなっていくらも経たないうちに、破壊者の少年は、そう思うことすらしなくなっていた。
 
「本当の自由というのは、なんだと思う」
 先代時計の守り人は、言った。いつものように諭すような言い方ではなく、その話題が出る時、彼はいつも神妙な顔つきをしていた。彼自身、答えのでないことを自問しているようだった。
「自由に、本当とか嘘とか、そういう区別はあるんですか?」
 少年は思ったまま、そう尋ねたことがあった。彼の師は始めこそ苦笑してそれを聞いていたが、少年は数年の後に、師が自ら発した問いと、少年の答えを口にして呟いたのを聞いたことがあった。
「真理かも、知れないな」

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