旅の歯車


087: 盗賊と城

 破壊者は背後に構えた城を振り返り、それを睨み付けた。
 左腕につけた黒い盾が、どくんと疼く。たった今取り込んだ遺産が、新たな形になりきれずにもがいているのだろう。
「あなたは、何のために進むの?」
 善悪を象徴する天秤の守り人が、死ぬ間際に尋ねた言葉だ。
「あなたの剣には感情がない……。何かを憎んでいるわけでも、殺戮を楽しんでいるわけでもない……。一体、どうして」
 破壊者は答えなかった。そうして今も、答える術を持たずに立ち尽くしている。感情の色のない、乾いた表情だった。
 破壊者は一度目を閉じて、再び城を睨み付ける。
(何を戸惑っているんだ)
 破壊者は自分に言い聞かせる。
(何を戸惑う必要があるんだ。こんな、最早何の力も無い遺産の守り人の言葉一つに)
 静かに風が吹いた。生暖かい、薄気味の悪い風だった。
 微かな音とともに、近付いて来る複数の気配。それらはやがて破壊者の前へ現れて、その道を塞いだ。
「旅人さんよ、荷物を置いて行きな」
 城目当てにやってきた盗賊だろう。破壊者の少年は眉一つ動かさずに、ざっと数を確認する。十五人。まとめてかかってきたとしても、相手にもならない。
「おいおい兄ちゃん、聞こえてないのか?」
 破壊者は答えなかった。そして逆に尋ねた。
「城の財宝目当てできたのか」
 盗賊達は面白くなさそうに眉をはねたが、一人が答えた。
「そうさ。この城には妙な化け物がいて、今まで迂闊に立ち入れなかったからな。……でもよ、今は違う。殺したって死なねえんだ。なら、怖い物なんかねえ」
 破壊者は短く、「そうか」と呟いた。それから続けて、
「富が欲しいのか」
「勿論だ」
「何故」
「おまえみてぇな良い服を着たお坊ちゃまに、わかる理由なんかじゃねえよ」
 破壊者は再度、「そうか」と呟く。
「おまえらのようなクズだって、それなりの理由を持って生きているのにな」
 言い捨てた。盗賊達が武器を持つ。破壊者も剣を引き抜いた。同時に、吼える。
 得体の知れない苛立ちが
 得体の知れない焦燥が
 得体の知れない悲しみが
 破壊者の少年を満たしていた。

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