旅の歯車


084 : 風見鶏

 少年はいつか見たことのある、真っ白な草の生えた荒れ道を歩いていた。
(僕の部族がよくテントを張っていた、あの地方に生えていたのと同じ葉だ……)
 少年は草をかき分けて、道無き道を進む。空を飛んで先を見てきた赤黒い鳥が少年の右肩にとまって、見てきた景色を報告した。少年は一度短く息を呑んで、それから薄く笑う。
「――ありがとう」
 鳥は醜く鳴いて、それから問うた。
――世界に出会うって、どういうことなのでしょう。
 少年はしばし考えて、首を横に振る。
「わからない。今はまず、今まで通りに針の欠片を探すしかない」
 『世界の心』との会話の後、少年はいつのまにかこの荒野に佇んでいた。そこには『世界の心』をはじめ、破壊者も、先代守り人、同じく先代破壊者のどの姿もなかった。
 少年は、短剣ほどの長さしかない自分の針の欠片を見下ろして、苦笑すると、再び荒野を歩き始める。
 破壊者の顔が脳裏を過ぎった。彼も今頃、欠片を探して、あるいは少年を捜して、世界を旅しているのだろうか。……針の欠片を集めると言うことは、即ち、破壊者ともう一度、今度こそは完全に勝敗を決するために戦わなくてはならないことだと、少年は自覚していた。今度こそ、戦い、勝ち、そして破壊者が持っている針の欠片を手に入れなくてはならない。
 荒野道の中心に、人々に忘れ去られて久しいと見える道標が立っていた。少年はそれに近寄って、その看板のすぐ下に、既に白骨化した旅人の遺体を見つける。
 この荒野で、志半ばにして果てたのだろうか。
(――無念だったろうに)
 少年が手を伸ばしかけると、唐突にその白骨が起きあがり、辛うじてはずれてはいない顎の骨をカタカタいわせながら、少年が進んできた道を飛ぶように走っていった。遺体に被さっていた古びたマントだけが風に煽られ、道標に引っかかる。
 少年はもはや感慨もなくその様子を見て、それから、風になびくマントへ視線をやった。マントはしばらくの間風に遊び、それから道標を離れ、その先の道へと飛んでいく。
「あのマント、僕が昔つけていたものと似た色をしているね」
 少年が言った。肩の鳥が同意して、笑う。
――あなたは『世界の心』に会いに行くと決めた時、あれを切り裂いてしまった。
「勿体なかったな。この辺りは少し肌寒い」
 少年も笑った。
 荒れ野を行くのは難儀だったが、苦はなかった。その荒れ野は少年にとって、彼の庭のようなものだったからだ。

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