旅の歯車


082 : 嘆きの歌

 荘厳な歌声が聞こえる。掴んだと思ったらすぐに消えてしまう、しかし清らかで汚れのない初雪のような、淡く危なげな歌声だ。
 始めは女性の声だと思った。しかし進んで行くにつれ、それが子供の声だとわかる。男の子のようだ。高く澄んだ声は、少年が長く味気のない廊下を歩く間、行く先から聞こえて来た。
「あの城で、力を使ったりしなければ」
 破壊者が口を開いた。
 少年はただ黙々と、その廊下を歩いていた。
「もう暫くは逃げ果せられただろうに。おおかたあの小さな王子に、酋長の息子だったころの自分を重ね合わせでもしたんだろうが……」
 少年はただ黙々と、その廊下を歩いていた。
 ふと、どこかから聞こえていた歌声が途切れた。少年は静かに廊下の先を見つめて、それから、小さく笑った。歌声はそれに合わせるように、またその続きを歌い始める。
「何がおかしい」
「僕の素性まで知っているのなら、話は早そうなものなのに」
「どういうことだ」
「……僕はただあの子供に、護れ、とだけ言った。それは僕の父が予てより言っていたことでもある。だから僕は、護るべきものを護る」
 少年が立ち止まった。つられるように、破壊者も立ち止まった。
「護れなかったくせに」
「故郷は護れなかった。だけど今度こそは護る」
「そんななりでどうやって。ナイフ程もない時計の針で、その体で、俺のことを倒せるとでも?」
 少年は何も言わずに、破壊者の目を凝視した。その視線が、言い負かされたのではないことを如実に語っていた。
 歌声が再び途切れた。そうして二人は、自分たちがいつの間にか、廊下の果ての大きな扉までたどり着いたことを知った。
 扉の中から、声がする。
「入っておいでよ」
 歌声と同じ、どこか張り詰めた糸を思い起こさせるような、奇妙な声だった。

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