旅の歯車


079 : 死神

「ひとつ、ふたつ……」
 空は相変わらず、嵐の後の夕暮れのように赤と青の交じり合った奇妙な様子を呈している。そんな中、どこかからしわがれた数え歌が聞こえてきた。
「みっつ、よっつ……足りないのはいくつ? ひとつ、ふたつ……」
 少年は荒野を歩いていた。腰には遭難者の遺体近くで拾った剣を帯び、右肩には赤く病んだ鳥を乗せている。生暖かく息苦しい風が、少年の右腕の袖を弄んでいた。
「足りない、足りない。たくさん足りない」
 声は続ける。声の主の姿はみられなかったが、少年は自分のすぐ後ろに何かの気配を感じて、慣れない左手で剣を取った。
「動かないで。おまえ、何も恐れることない。私がしっかり導くだから」
 枯れ木のような手が伸びて、少年の剣先をわしづかみにする。少年が左腕を引くと剣を握っていた指が何本か宙に舞ったが、相手は気にする様子も無くもう片方の腕を伸ばしてきた。
「間違えるな、僕はまだ生きてる。君の客ではないよ」
「おまえの肩にいる鳥は」
「僕の連れだ。君が連れて行くのは死者の魂だけだろう? ほら、この鳥には体がある」
 枯れ木の腕の老人は、それを聞いて動きを止め、尋ねるように少年の目をみる。
「おまえ、どうして俺が死神とわかった?」
 好奇の色を持った瞳とは対照的な、低く冷たい声だ。肩の上で赤い鳥がびくっと身を震わせたのが、少年にも感じられた。
「守り人はよく死者に間違われると、僕の師が昔言っていたものだから」
「守り人!」
 死神はかっと目を見開いて、声を震わせ少年をにらみつける。少年は微動だにせずに、ただ寂しげに目を伏せ、死神の言葉を待った。
「おまえ、守り人のせいで、世界は死者と生者いりまじった! おまえ達のせいで、私どの魂導くかわからない! 死神が死者の魂わからない、これ、屈辱! 私は、私は……!」
 唐突に、死神の声が途絶える。少年が視線を上げると、もはやそこに死神の姿はなかった。
――あの死神は消えてしまったの?
「いや、見えなくなっただけさ」
――どうして見えなくなったの?
「この世界に必要のないものになったからだろう」
 少年はそう言って、しばらくの間荒野に佇んでいた。そうしてそれから、ポツリと呟く。
「……先に進もうか」

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