旅の歯車


072 : エルフ

 少年は、ただ、その光景を見ていた。森で出会った青年がやったことは、その先にあった村に火をかけることであった。
「これが、君の言う過去を壊すこと、か?」
 少年が尋ねると、相手は事も無げに「そうだよ」と答える。
「森の民……それがこの村の民の名だった。たった一つ与えられた使命を果たす為、個を縛り自由を捨て……だがそんな生に何の価値がある。だから僕は、それに歯向かうことにした。その第一段階が……これさ」
 青年がそう言って去ろうとしたので、少年はその後ろ姿に向かって話した。
「だから君は、この村を焼くのか」
「ああ」
「それは村の人に自由を教える為? それとも自分の自由を勝ち取る為?」
 青年は振り返らずに、ほんの一瞬の後、答える。
「全ては自分の為。だがそれを恥じようとは思わない。生き物は所詮、自分の為にしか生きられないものだから」
 少年は、相手が去るのを黙って見送った。途端、目の前で燃えていた火が薄まり始め、やがて町の残骸と共に視界から消えた。残っているのは何もない広場だけだった。
「今のは――…」
「記憶の死に損ないさ。お前も海賊の島で見ただろう」
 聞き覚えのある声がした。相手は、広場の向こう側に立っていた。
「過去の文化の記憶が、時としてああいうふうに出て来ることがある。もっとも、それを見ることができるのは俺たちのようなやつだけらしいが。……今のあいつも、昔、過去の遺産を守っていた。そしてその道を逸れて、結果ある意味では身を滅ぼした。そうしなかった場合と、どちらが幸せだったか俺にはわからないが」
「――…破壊者」
「嫌そうな顔をしてくれるなよ。こっちだって好きで会ってるわけじゃないんだ。……それより、俺を探してたんじゃないのかい」
 破壊者が言ったので、少年は静かに頷いた。
「情報が欲しい」
「俺は、過去に何があったのかを知りたい」
 間を置かずに破壊者が言った。
「一時休戦だ」
「交換条件っていうことだね」

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