旅の歯車


071 : 刺青

 少年が進んだのは、西へと向かう道だった。まじない娘であった女が、住んでいたという西の町へ行ってみようと考えたのだ。そこにもう女はいないだろうが、しかしその代わり、「彼」についての手掛かりを得られるかもしれない。
 「彼」――破壊者。世界の大時計を壊した少年と、まじない娘であった女には、必ず何か関わりがある。まずは、そこからだ。
 破壊者に会わねばならない。
 少年はそう考えた。まずは現状を知らなくては。
「そろそろ休憩しようか」
 少年は声を掛けて、すぐさま、もはや返事が返って来ることはないのだと気付いた。
 少年は一瞬空を仰ぎ見て、それから目を伏せる。
 ――進まなくては。
 少年は荷を担ぎ直し、再び歩き始めた。……と、どこかから声がする。
「その先へは進まない方がいい」
 少年が辺りを見回すと、生い茂った木の陰から一人の青年が姿を現した。
「これから一騒動起こるから、巻き込まれたくなければ迂回して南の道に出るべきだ」
 青年が言った。――まるで森に溶け込んでいるかのような、静かな気風を持った青年だった。手には黒光りする不思議な水晶玉を持ち、耳の先は尖っている。その頬には、炎が燃えるような形に刺青が掘ってあった。
「君も、守り人……?」
「昔は。君もそうみたいだね」
 青年は言って、たった今自分で危険だと言った道を進み出した。
「待って、そっちは危険なんじゃ……」
「そう。だから君はこない方がいい。だが僕は別だ」
「なぜ」
「……騒ぎを起こすのが、僕だからさ」
 少年ははっとして、青年の手にあった水晶玉へ目をやった。それは形を変えて、異様な色を放つ鎌になった。
「――それは、過去の遺産だね」
「さあ。どう呼ばれているのかは知らないけど。……僕はこれを使って、自らの過去を壊して主を守る。そういう意味では、今も守り人であるかも知れないが」
「過去を壊す……?」
 彼はこれから何かをしに行くようだが、それ自体は少年の旅の目的とは違うもののようだ。しかし青年が持っているのが過去の遺産であるのなら、このまま放っておくことはない。
「僕も一緒に行っていいだろうか」
「何をしに」
「君のやることを見届けに」
「おかしな人だね。そんなことをしてどうするの」
「気にしないでくれていい。君が何をするのでも、その邪魔はしないと約束する」
 青年は頷いて、道を進み始めた。
「ところで、その刺青はなんの形なんだい? とても、綺麗だけど……」
「綺麗? これが?」
「そう思わない?」
 答えがあまりに不満げだったので、少年が聞き返した。すると青年は、鼻で笑うように再び答える。
「これは一族への服従の証さ。本当は魔の者に魅入られないようにという意味があるらしいけど、それが嘘だっていうことは、僕が証明してしまったし」
 青年は笑った。少年はうすら寒さを感じながら、その後ろをついていった。

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