旅の歯車


059 : 塔

 少年が辿り着いた町の中心部には、天まで聳えるのではと思うほどの塔が一つ建っていた。
 真っ直ぐで冷たい色をした塔である。先の方は雲に隠れて、もはや目で確認する事はできない。少年がぼうっとそのてっぺんを眺めていると、ふいに肩を叩かれた。
「観光の方ですか?」
 聞いたのは、意思の強そうな目をした少女だった。いや、実際には少女というより一人前の女性の風貌をしているのだが、今にも野を走りさって行ってしまいそうな無邪気さが、彼女を少女に見せている。
 突然肩を叩かれて驚いた少年は、しばし遅れて頷いた。
「そうですか。その様子だと、この塔をご覧になるのは初めてでしょう。驚かれました?」
 少年はもう一度頷いて、ちらりと塔を一瞥する。少女に向き直ると、今度は少年の方から尋ねてみた。
「あの塔は、どうしてあんなに高いんです?」
「あの山が、あれだけ高いのと同じ事です。ただ、この塔は山が持つ清廉さの代わりに、人間の愚かな欲をまとわらせているようだけど」
 言って少女がくすくすと笑うので、少年は訝しんで、この町の住人ではないのかと尋ねる。少女はなおも笑って塔の側を指差した。
「この町の住人どころか、私はあの塔の唯一の住人なんですよ。そろそろ逃げないと、また連れ戻されてしまうわ……。旅人の方、よろしければご一緒しませんか? あなたには見ていただいたほうがいいかもしれない」
「一体、何を?」
「私はあの塔の姫神子。あなたの事は存じ上げないけれど、なんとなくわかりました。……あなたも、他の文化の遺産をご存じですね?」
 少年ははっとした。彼女は一体何故、守り人しか知らぬはずの遺物のことを知っているのだろう。相変わらずの強い意思を持った瞳に見つめられて、少年はすぐ、彼女の後について行くことに決めた。
「あの塔は人の手で、より一層神に近付けるようにと建てられたもの。私はその愚かしさを知っているけれど、だからこそ塔の神子としてこの町に尽くすためにあの塔にいます。あなたのお話も、聞かせてくださいね。……勿論、差し障りのない所まで。だけどあなたはご存じでしょう? この世界の均衡が崩れ始めている事……。私は、その理由を知りたいのです。この町のために、大切な人たちのために」
 強い意思の瞳が語った。そうして初めて少年は、自分がいつの間にか大量の冷や汗をかいていた事に気付いたのだった。

:: Thor All Rights Reserved. ::