旅の歯車


058 : 傭兵

 少年が荒れ果てた街道を歩いていると、途中の切り株に、一人の老人が腰掛けていた。
 少年が会釈して通り過ぎると、老人が声をかけてくる。
「おまえさん、一体どこへ行くんだね」
 少年は立ち止まって、「とりあえず、ここから一番近い町まで」と答えた。
「お爺さんは?」
 相手は問いには答えなかった。そうして遠い昔を思い起こす、老人独特の目の細め方をした。
「おまえさんも流れ者かのう」
「ええ」
 少年の答も、耳には入っていない様子である。老人は更に遠くへ視線を泳がせて、こんな事を語り始めた。
「昔……昔は自分の生き方に迷いなんぞ無かった。後悔もなかったし、疑いもしなかった。わしは傭兵でな、何か特別守りたいものがあるわけでもなく、情を残す場所があるわけでもなく、自分の欲のためだけに色々な戦いに臨んだものよ。しかし今になって思えば、あのころはわしの中の一体何だったのじゃろう。こんな、死を待つだけの年になって初めて思ったのじゃ。……そこいく剣士、よく気をつけなされ。お前さんがいつかこうして人生を振り返るとき、こんな虚無にとらわれてしまわないように、な」
 少年は一度頷いて歩き出した。しばらくして老人のいた方を振り返ると、切り株の周りには静かな風が吹くのみだった。

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