旅の歯車


056 : 手紙

 少年がある町へ立ち寄ったときの事である。いつものように目的もなく広場をさまよっていると、突然駆けてきた人物と突き当たった。とたんに相手の鞄から沢山の封筒が飛び出し、その人が叫ぶ。
「……ご、ごめんなさい!」
 言ったのは、少年と同い年くらいの少女だった。
 
「さっきはごめんなさい。私、昔からおっちょこちょいで……」
 夕方、少年が再び広場を歩いていたところへ、例の少女にまた会った。昼間は二人で封筒を拾い、その後すぐに別れたのだが、今度は少女の方も時間があったのだろう、二人で同じベンチに腰掛ける。
「私、郵便屋なんです。手紙を運ぶ……。さっきは急いでいて、ろくに謝りもしないで本当にごめんなさい。手紙を拾うのも手伝ってもらったのに」
 少年は首を横に振った。
「それにしても、随分沢山あったよね。もう全部配り終えたの?」
「大体は配り終えました。この町は周辺の村から働きに来ている方が多いから、手紙の数もとても多いんです。ただ……」
 それから少女は困ったように封筒を束ねたものを取り出すと、いくらかを少年に手渡す。そのどれ一つにも、宛名書きはされていなかった。
「最近、毎日なんです。それも沢山。だけど届けようがなくて……」
 少年は首をかしげてそれを返す。
「心当たりはないの?」
「ええ」
 それから二人はしばし黙り込んだが、ふと、ヒバリがこう告げた。
「郵便屋さん、それは、あなたに宛てたものではないの?」
 少女はその可能性について、全く想像もしていなかったらしい。少年がヒバリの言葉とは言わずに通訳すると、少女は思わずいくつかの封筒を取り落とした程だった。
「わ、私ですか? 違うと思います。だって私、今までに一度も手紙なんて貰った事……」
 少女が言い終わる前に、少年は勝手に一通の手紙を開封していた。郵便屋はそれを見て更に大慌てをしたが、少年が見せたメッセージを見て、今度は目を皿のようにしてしまった。その様子がおかしくて、少年は思わず笑い出す。
「『郵便屋さん、いつもありがとう』だって」
 二人はそれから一緒に、宛名のない封筒を次々に開封していった。それは肉屋の女将からのものであったり、大工の徒弟からのものであったり様々だったが、どの手紙にこもった心は同じだった。
 ――いつも沢山の言葉を運んでくれて、気持ちを運んでくれて、本当に本当にありがとう。

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