旅の歯車


055 : 一人旅

 闘技会から少し経ったある日、少年と詩人は町から大分離れた道標の前に立っていた。ここから少年は道を右に曲がり、詩人は左に曲がる。
「それじゃ、ここまでだな」
 詩人はいったん師の家へ帰るため、北へ進むのだそうだ。少年は右手を差し出した。
「元気で。道々一緒に旅が出来て、楽しかったよ」
 聞いて、詩人も同じように右手を差し出す。
「俺も。一人旅には慣れたけど、やっぱり誰かと一緒の旅はいいね。道程が半分になるような気がする」
 その時不意に、ヒバリが木の実を房ごと銜えて降りてきた。少年の顔の前に一粒落とし、もう一粒は詩人の前へ、同じように落とした。
「俺にもくれるのか?」
 詩人は上手くキャッチした実を口に入れると、少し羨ましそうに笑う。
「君にはそのヒバリがいるから、いいね。俺にもまた、いい仲間が出来るといいな」
 そうして詩人は、一人旅へ帰っていった。
 
 詩人と別れてしばらくした所で少年は歩みを止め、飛んでいたヒバリを呼んだ。それから唐突に呟く。
「……君は、彼と一緒に行った方がいいかもしれない」
 ヒバリは驚いたようだったが、少年は構わず続けた。
「全部話そう。君の事だから、そうでもないと納得してもらえないだろうし……。でも、これから僕の進んでいく道は、決して安全なものじゃないんだ――」
 時計のこと、守り人のこと。少年がぽつりぽつりと話す言葉を、ヒバリは一言一言ゆっくりとかみ砕くように聞いていた。そして、聞き終わってからもしばらくは何も答えなかった。あまりに突拍子のない話だったからだろう。
「それでも――」
 ヒバリがようやく口を開いた。
「それでも私はご一緒しますよ」
 少年は胸が熱くなったのを自覚しながら、自分は本当にすばらしい仲間に巡り会ったのだと、改めて実感していた。

:: Thor All Rights Reserved. ::