旅の歯車


054 : 闘技会

 少年と詩人は、港町から少し離れたある町の広場を歩いていた。
 広場の中央には大きな四角い舞台があり、人々がせっせと何かの準備に取りかかっている。その様子を興味深そうに眺めながら、詩人が言った。
「ここでもうじき闘技会が行われるんだ。各地域から腕に自信のある奴らが集まってきて、互いの技を競い合う。もう何年も前から行われていて、当日は観客の数も凄いんだってさ。一度見てみたかったんだ!」
 楽しそうに解説する詩人を見て、少年はふと思い出した事を口にした。
「そういえば君は、海賊の島から帰って来ちゃってよかったの?」
 言われて詩人は苦笑して、近くの店でポテトを買う。まだ暖かく、湯気を上げているポテトは美味しそうだ。
「あの人形遣いを見ていたとき、ふと思ったんだ。……物語はみんな、生きた人を描いているんだ、って。あの島には海賊の残り香はあるかもしれないけど、海賊自体はもういない。だから、いつまでもあそこでフラフラしているだけじゃ、生きた物語のタイトルなんてわからないんじゃないかな。そういう事でこれからは、生きた物語のある色々な場所へ行くことにしたんだ」
 聞き終えて、少年は微笑んだ。「そうだね」
 しばらくして二人が広場へ戻ると、舞台の近くにちょっとした人だかりが出来ていた。
 舞台の端の方で、まだ幼い少年と一人の青年が、剣を抜いて戦っている。少年は驚いて思わず仲裁に入りかけたが、すぐに詩人にとどめられた。落ち着いてみてみると確かに二人、特に年長の青年の方は、真剣こそ抜いているが本気で斬り合う気はないらしい。
 剣の稽古だろうか。それにしてもなかなか見事なものである。少年も野次馬の集まりに加わって、その様子を見物することにした。
 小さな子供が体に見合わない剣を振り下ろすと、青年が遊ぶように避ける。横から繰り出してもまた同じ。しまいに青年が虚をついて体制を落とし、幼い少年に向けて軽く当て身を食らわせた事で戦いは終わった。
「う〜っ……また負けたぁ」
「言ってるだろ、剣に関してはシロウトなんだから、闘技会に出るのはまだ無理だって」
「いや、ボウズもなかなかだったぜ」
「ああ、とてもじゃないけどこんなチビの剣技とは思えなかった」
 少年も同意見だった。しかし青年は笑って自分のバンダナを結びなおし、「せっかく諦めさせたのに、煽らないでくれよ。こいつ結構ガンコなんだから」と苦笑する。
「ガンコじゃないよー! でも、闘技会にはどうしても出てみたかったんだ!」
 剣士の子供はそういって舞台から飛び降りると、守り人の少年のところまで駆けてきて、あどけない表情でこう言った。
「ね、旅人さんも剣を持ってるし、剣士だよね。僕、そんなに弱いと思う?」
 少年は困ったように笑って、身長を合わせるように少し腰をかがめて答える。
「うん、確かに強かった。僕より強いかもしれない、だけどお兄さんの言う事は聞いた方が……」
「お兄さんじゃないよ、お父さんだよ」
 少年もこれには面食らったが、そのすぐ後に訂正が入った。
「バ、バカ! 誤解を招くような事言うなよ!」
「だって仕返しだもん。闘技会にエントリーしてくれないから。僕のお父さんですーって言って町中回るんだー」
 剣士の青年は、見たところ詩人と同じくらいの年である。こんなに大きな子供を持つには、まだ若い。
 そうこうしているうちにだんだん野次馬の観客も減っていき、二人の剣士と守り人の少年、詩人とヒバリだけがその場に残された。詩人は剣士の子供に気に入られたらしく、多少扱いになれないような顔をしながらも、どうにか一緒に遊んでいる。少年はそんな様子を見ながら、尋ねた。
「君があの子に剣を教えたの?」
「ああ。一度決めたらしつこくてさ。旅の合間に教えてるんだ。あいつ、なかなか腕がいいだろ?」
「うん。それに本気は出していなかったみたいだけど、君のも凄かった。君は闘技会に出るの?」
 剣士は頷いた。少年も同じ質問をされたが、それには頭を振る。
「僕は通りかっただけなんだ。少し見学しようとは、思っているけど……。そういえば、どうしてあの子は闘技会に出さないの? いいところまで行くと思うんだけど」
 聞いて剣士は先ほどと同じように笑うと、足を組んだ。
「まだ早いんだ」
「早い?」
「そう。大体、剣を教えるのはホンの遊びのつもりだったんだ。誰かが一生懸命にやる手助けをするのは自分も楽しい。そうだろ? だけどあいつには才能がある。もう遊びじゃなくなったなら、今度はもっともっと伸ばしてやらなくちゃ。……コレは俺の親父の言だけど、大器は晩成すりゃあいい。中途半端なうちは、下手に自分の才能を見せてつけあがらせちゃいけない。あいつは見たとおり、まだまだ子供だからさ」
 そうして自分で言った事に対して、剣士は苦笑した。
「って、俺も昔は納得できなかったんだけど……ま、教える側になって初めてわかる、ってやつだな」
 少年はそれを聞いて思わず笑う。剣士が不思議そうな顔をしたので、まだ笑いの止まぬうちに説明した。
「さっきの冗談じゃないけど、本当に父親みたいだなって思って」
「失礼な。俺はまだ若いぞ。……でも確かに、そういう意味じゃ早く老けて、損した気分だ」
 それから剣士は立ち上がって、もはや疲れ切った詩人と遊んでいた、小さな剣士を呼ぶ。
「それじゃ、俺たちはもうそろそろ行くよ。闘技会を見ていくんなら、また会うかもな」
 二人の剣士が立ち去った後、少年はたった今話していた内容を詩人に話して聞かせた。すると詩人は驚いたように、しかし素直に感想をもらした。
「世の中にはいろんな種類の先生がいるもんなんだな」
 実は、少年もそれと同じ事を思っていた。

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