旅の歯車


052 : 花売りの娘

 少年は、詩人と二人で海賊の島を探索している。
「その人形遣い、本当にまだこの島にいるのか? なんだか、最近人に会う回数すら減ってきたような感じじゃないか?」
 詩人が言ったので、少年も思わず頷いた。
「意外と、もうとっくに本島へ帰っていたりして。それならそれでもいいんだけど……」
 少年は左手で、通るのに邪魔だった枝を押しのける。白い盾は元のように腕輪の形に戻って、少年の左腕に収まっていた。
「けど、まるで『花売りの娘』だな。その人形遣い二人とも、話の中に紛れちゃったんじゃないか?」
「『花売りの娘』? なんだい、それ」
「知らないのか? ……そうか。君は偶然演じることになっただけだったな。君が演じたっていう勇者と魔王の物語があるだろう。あの物語の、サイドストーリーさ。勇者の帰りを待ちこがれた花売りの娘が、いろいろなトラブルに巻き込まれる話なんだ。なかなか現実味があって、俺は好きだよ。人形劇にするには難しいかもしれないけどな。子供が見て楽しいような物でもないし」
 少年は感心して、詩人が簡単に話の概要を説明するのを聞いていた。その中でも、特に胸に残った言葉がある。
「でも結局さ、その花売りの娘は待ってるだけだったんだ。何かが変わるのを待っていた。それだけさ。勇者が帰って来るにしろ、魔王が世界を支配するにしろ、娘は自分から何かをしようとはしなかっただろうな。まあ、その娘が何かをしたところでどうにかなったとは思わないけどさ。……人間って、所詮はそんな物なのかもな。勇者みたいに世界に関わる大きな事を為すのはほんのひとつかみで、残りはいつの間にか変わっていく時代に、必死にしがみついてる。俺も、その一人なのかもしれない。季節によって咲く違う花と、道を歩いていく見知らぬ人々に囲まれて、さ」

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