旅の歯車


051 : 墓標

 少年が昔、時計の守り人の塚の前で黙祷を捧げていた時のことだ。それまでやる気もなく木の実を囓っていた師がふと動作を止めて、言った。
「ここには今までの守り人が眠っている。――眠っているって、どういう事だと思う。お前は考えたことがあるか?」
 少年は黙って首を振った。それなのに構わず、彼は問いかけてくる。
「死んでいるって、どういう事だ?」
 何故、突然こんな質問をするのだろう。師のすることは、たいていの場合唐突だ。少年は首を傾げたが、静かに視線をおろすと、答えた。
「動かなくなるんです、先生。お腹も減らなくなると思います。遊びたいとか怠けたいとか、怒られるのが嫌だとか、そういうのもなくなるんだと思う。それに、成長しなくなる。もう大きくならないんだ。死んだら大人になれなくなるんです。先生、きっとそうだと思う」
 その時少年の脳裏には、一人の少女のことが思い起こされていた。
 あの子は血まみれになって死んでいた。
 どんなに体を揺さぶっても起きてはくれなかったし、話しかけても答えてはくれなかった。
「そうか、それが死ぬっていうことか」
「違うんですか?」
「違うも何もないさ。お前がそう思うなら、きっとそうだろう」
 師は言った。
「でも、お前は生きている」
「生きています。僕はまだこうして動くことが出来るし、物を食べることも出来ます。……お腹は、空かないけれど」
 少しの間、沈黙が流れた。そうしているうちに師はきびすを返して塚から離れていく。
「おまえ、もし俺が今すぐ死んだら、どうする」
 少年はびくっとして、自分の師を振り返った。その声があまりにも物静かで、冷たい空気を帯びていたからだ。
「そんなこと、言わないでください」
「何故」
「先生が死んだら……僕は本当に一人です」
 師は、それを聞いて薄く笑った。
「俺が死んだらお前はこの場所に一人になる。お前は物を食べなくても生きていくことが出来る。腹が減らないからな。それに俺がいなければしかられることもない。怠けるも怠けないも、全てお前の自由だ。お前が正式な守り人になる頃には、お前はもう成長しない」
 少年は身を固くして、その言葉に聞き入っていた。そして、しかし、それが自分自身で選んだ道なのだと思った時、何故だか急に疲れを感じた。
「先生、それでも僕は生きています」
 聞いて師は吹き出した。
「見れば分かる、お前は生きてる。それにお前にはやるべき事がある。だから……お前は生きている」
 その時、少年は「それなら先生は?」と聞こうとして、辞めた。馬鹿な質問だと思ったからだ。自分は生きている。師も生きている。だから何だというのだろう、それでいいじゃないかと思ったのだ。

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