旅の歯車


050 : ドワーフ

 少年が破壊者の前へ姿を現すと、相手は待っていたかのようにクスリと笑った。
「やっと来たか。自分の使命に耐えきれなくて、ついに逃げ出したかと思ったのに」
 少年はぐっと奥歯をかみしめて、腰に帯びた秒針の剣を抜き、破壊者へと向ける。少年には相手の、壊れた笑顔を直視することが出来なかった。
「教えてくれ」
 破壊者はなおも笑う。
「――何を?」
 少年は一歩近づいて、また問うた。
「教えてくれ。どうしておまえは過去の遺物を壊すんだ? それに……どうして僕と同じ、秒針の剣を持っているんだ?」
 聞いて、破壊者は笑むのをやめると、自身もまた刀身まで黒く光った、秒針の剣を引き抜いた。
「そのことには気づいたのか。……お前と同じさ。俺もあの時計の秒針を捜している」
「お前自身が壊したのに?」
「そうさ。だけどお前が捜すから、俺も捜さなけりゃならなくなる。そして俺が捜すからこそ、お前も捜しているのさ! 前に言っただろう? お前が針のかけらを捜す限り、俺たちは何度でも顔を合わせるってな」
「僕が針を捜すから? 一体、どういう事なんだ……?」
「そうさ。お前がかけらを欲するように、俺も針のかけらを欲している。だから……」
 破壊者が、音を鳴らして剣を構える。その表情はいまや、歓喜の色にむせんでいた。
「お前のその剣も、こちらへ寄越して貰おうか!」
 駆けてくる破壊者を、右に跳んで何とかかわす。少年は剣を握り直すと、真っ向から攻めてきた破壊者を左足を軸にしてよけた。少年の剣が破壊者に掠るか掠らないかのうちに破壊者は上へ飛び、少年にめがけて剣を振り下ろしてくる。少年は身をかがめ、その剣を受け止めた。
「やめろ! その前に、質問に答えろ!」
「答える必要なんかないさ。俺がお前の分まで、仕事をこなしてやる。俺がやったって、お前がやったって変わりはないだろう。所詮、俺たちは表裏一体なんだから!」
 破壊者が右下から剣を振り上げる。
(今度こそ、よけられない――!)
 少年がぐっと目をつむると、急にポケットに入っていた腕輪が熱を帯びた。先ほど渡された腕輪だ。それが突然、現れたときと同じ真っ白な光を発して、少年と破壊者の間にふさがった。
「これが、『成長する種』……!」
 驚愕した破壊者の声が聞こえる。少年はわけがわからないまま、光の渦に飲み込まれていった。
 
 少年がぼうっとしたまま辺りを見回すと、真っ白な世界の中に一つ、ぽつんと家が建っている。
「ここ、は……」
 妖精達と会った場所へ戻ってきたのかとも思ったが、どうやらそういうわけではなさそうだ。惚けたまま何とか家までたどり着くと、中から少々はずれた歌声が聞こえてくる。少年が驚いて壁に触れていた手を離すと、カタンと音がして、中の歌も止んでしまった。
「客かぁ? 久しいな、あんただろう守り人さん。ここへ来られるのはあんただけなんだから。勝手に入ってくるといい。扉にゃ鍵はかかってねぇ」
 低い声が聞こえた。少年がおそるおそる扉を開けると、中にいたのは顔一杯にひげを生やした、かなり小柄な男だった。少年は驚いて立ち竦んだが、相手は少年の姿を見ても、鼻で笑っただけだった。「ああ、代替わりか」などと言って、勝手に納得したようだ。
「そういえばやっこさん、そんなことも言ってたな」
「やっこさん……っていうのは、先生のことですか?」
「先生だぁ? んな奴のことはしらねえ。ただ俺は、お前が左手に持ってる、その盾の使い道を教えてやってくれって言われたまでさ」
 言われて少年は、驚いて自分の左手を見下ろした。なるほど、確かに自分はいつの間にか真っ白な盾を持っている。
「成長する、種……」
 別れ際に破壊者が、確かにそう言っていた。少年は口に出して呟いてみてから、そっと盾に手をやった。『成長する種』は淡い光を伴って、元あったとおりの腕輪へ姿を変える。
「十分に使えてるみたいだな。じゃ、俺の出番もなさそうだ。さあ、帰った帰った」
「待って、この盾って一体……? 先生がなんて言っていたのか、教えてほしいんです」
 言われて相手はたばこの煙を吐くと、面倒そうにこう答えた。
「その腕輪は、お前さんが望んだとおりの物になる。食べ物とか、そういう消耗品にはならないがね。頼まれて俺が作ったんだが、それ以上のことは忘れちまったわ。やっこさんも、それだけ言えば十分だと言っとった。あとはお前さんに選ばせれば良いともな」
「僕が、選ぶ……?」
 相手は黄色くなった歯を見せて笑うと、少年に向かって手を振った。
「俺の仕事はここまでさ。後は自分で考えな」

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