旅の歯車


048 : 成長する種

 岩の崩れる音と共に、長い間忘れ去られていた洞窟に光が差し込んだ。
 破壊者はたった今壊した扉をくぐり抜けると、数日前に時計の守り人がしたのと同じように、辺りを見回した。
「いるんだろう、出てこいよ。女性に対していきなり殴りかかるのも何だからな。まずは話し合おうじゃないか」
 返事はない。その代わりに、音もなく土が動いて扉が再び閉ざされた。彼は修復された壁に手をつくと、顔をしかめる。
「出られませんよ、あなたをここから出すわけにはいきませんから」
 破壊者の少年が振り返ると、その先はふわりとした光をまとった婦人が佇んでいた。彼女の光は塔の暗闇の中に上手くとけ込んでおり、その瞳には強い意志を見て取れる。彼はそれを見て、嘲笑した。
「出られないって? あんたの力が、この俺に勝るとでも?」
「あなたの力は存じておりますわ。けれどこの空間は私のもの。あなたの勝手にはさせません」
 その凛とした声に、破壊者の少年は表情を歪ませる。
 相手の必死さが、彼にはかえって空虚に見えた。差別を示す、相貌の面の守り人の顔。彼女のその表情もまた、仮面のように一つの表情に固まってしまっている。
「残念ながらそうはいかない。あんたを消せば、この塔も俺のものさ。だが……」
 彼は婦人に、一歩近寄った。
「その前に、種を渡せ」
「……種?」
「そうだ、先代の時計の守り人がここへ立ち寄ったときに、この島へ残していったはずだ。――あれは俺の……俺と母のものだ。まずはそれを返してもらおう」
 それから彼は、婦人の顔を凝視した。些細な動きを見れば、嘘をつかれてもすぐにわかる。
「――わたくしは……」
 破壊者は剣の柄に手をかけた。
「わたくしは、そのようなものを存じませんわ」
 嘘はついていない。ならば。
(もう用はない、か)
 破壊者の少年は、笑った。
「そうか、それなら……あんたもそろそろ、狂ったときから解放されるといい」
 低く笑った。そうすれば、彼にはどんなことでも出来たからだ。
 
 守り人を失った面が音を立てて地面に落ちるのを見て、彼は静かに呟いた。
「母さんの言った通りか……」
 薄暗く、埃っぽい洞窟の中。破壊者の少年が足で踏みつけると、幾度もの文化の興亡を見てきたはずの面は、簡単に砕けて闇へと消える。
「一体どこに隠したのやら。あいつも小賢しい真似をする。……だが、いつまでもこうとは思うなよ。見ていろ、先代時計の守り人め!」

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