旅の歯車


045 : 人魚の声

 破壊者の少年が海を渡ると、島からは不思議な歌が聞こえてきていた。
 
彼の行方を知る者がどこにいるだろうか
どこにもいない
だれもいない
けれど知ったところでどうだというのだろう
こんな小さな物語の
一人の男の行方なんて
 
 くだらない、伝承歌だ。破壊者の少年が耳を澄ませると、どこからともなく声が聞こえてきた。
――あの歌、久しぶりに聞いたわ。昔はよく聞いたけれど、あの海賊達がいなくなってからは全然だったもの。
――私、あの歌が好きだった。海賊達も普段は馬鹿騒ぎばかりするくせに、あの歌を歌う時は本当に寂しそうなのよ。だから、私たちまで寂しくなってしまう。
 そういって、海の中へ何かが飛び込んだ。それから少し水音がして、また例の歌が流れ始める。歌を歌っている本人の姿はどこにも見受けられなかったが、破壊者はそんなことには無頓着で、時間をかけて島の周りを一周した。
 二日後にまた同じ浜辺に行くと、やはり例の歌が聞こえてくる。
「未練がましいな。この、記憶の死に損ないが。」
 彼は苛立たしそうに、腰に帯びた剣を鞘から抜いた。その不思議な剣は、刀身までが黒く艶やかな光を帯びている。
「先の時代の残りカスの声……。俺にまで聞こえるのは、この剣のせいか?」
 彼は言って、空に向かって刃を切る。短い悲鳴の後に、最早歌声は残されていなかった。
「過去はいらない。未来もいらない。必要なのは、今ここにある物だけだ」

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