旅の歯車


043 : 通行許可

――守り人が来るわ。
 誰かがそう呟いた。とたんに木々はざわめいて、風が通ると、すぐにやんだ。
 
 少年と詩人は、島の中央部に位置するといわれる洞窟の前に来ていた。
「この洞窟のことは聞いたことがあったけど……」
 ごくりと生唾を飲み込んで、詩人が言う。その視線はまっすぐに洞窟を向いているが、既にどこか及び腰だ。
 深い緑の茂る、断崖の一角。ぽかりと空いた入り口は沢山の蔓が絡まり合ってすだれがかかったようになっているが、大地には長年踏み固められた跡がある。恐らくはこの海賊の島にやってくる冒険者達が、こぞってこの洞窟の中へも入っていったのだろう。
「随分、下の方まで続いているみたいだね」
 鼻につんと来る湿った臭いを嗅ぎながら、少年は言った。それを聞いた詩人が首を横に振り、すだれ状の蔓をかき分ける。
「それが、案外そうでもないって聞いた。いや、途中にどう見ても誰かが作ったらしい扉があって、どうしてもその先には行けないそうだ。噂では扉の向こうには古代の遺跡が眠ってるとか、黄泉の国に続いてるとかなんとかで」
「ふうん……」
 気のない返事をしながら、少年は洞窟の入り口に落ちていた、黒い欠片をつまみ上げる。紛れもない、秒針のかけらだ。少年がそれを柄に押し当てると、剣は一瞬温かみを帯び、すぐに欠片を受け入れた。
「とりあえず、そこまで行ってみようよ」
「そうだな。扉の向こうが本当に黄泉の国ってことは……ない、だろうし」
 洞窟の中はひんやりとして、その闇が時も空間も支配している。少年は手に持った松明に火を点し、足下に注意を払いながら洞窟の中を下っていった。
 ある程度行くと、目の前に例の扉が立ちふさがっている。それは少年が考えていたほど大きなものではなく、高さも幅も、少年の身長ほど。装飾などは一切無く、半ば土に埋もれてしまっているため、注意してみなければただの行き止まりかと思うほどだ。
 少年は松明を掲げて、その扉をしばし観察する。しかしそうすることでわかったのは、やはりこの先へ進むのは難しいだろうということだけだ。
「スコップでもなきゃ、扉の全貌を見るのさえ難しそうだな……」
 詩人の言葉に頷いて、少年は振り返りざまに、意図せず指の先で扉をなぞる。
 その時だ。
 氷のかたまりを、鋭く研がれたナイフで等分したかのような静かな音と共にまばゆい光が射した気がして、少年は思わず目をつぶる。目を開けたそこに光は既に無かったが、行き止まりだったはずの洞窟に、いつの間にやら埃っぽい風が吹き抜けている。
 扉が開いたのだ。
 ヒバリは隠れるように少年の肩で身を縮こまらせ、詩人は開いた口がふさがらないというように目を見開いて、その様子を唖然として眺めている。少年も驚きに息を呑んだが、すぐに左手で剣に触れ、暗闇の先へと視線を向けた。何か、妙な胸騒ぎがする。そう言いかけて、少年は首を横へ振った。
「――折角扉が開いたんだ、中を見てみようよ」
 出来る限り、なんでもないかのようにそう言って、少年は扉をくぐっていく。取り残された詩人は、あっけにとられた表情のままでそれに続いて進んで行った。

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