旅の歯車


042 : 裏切り

 二人が歩く、すぐ後ろを、一羽のヒバリが飛んでいく。小さな島には草木が生い茂り、木漏れ日がさしていた。
「大分歩いたと思うけど、一向に森は抜けられそうにないね。この島、意外と大きかったんだ」
「そうらしい。道標でもあれば便利なんだけど、海賊の島にそんなものは無い、か」
 それから二人で顔を見合わせて一度溜息をつくと、再びのろのろと先を進み始めた。少年はそれでもまだ体力に余裕があったが、詩人の方はそうでもないらしい。既に肩で息をしているし、足元もおぼつかない。ただでさえ動きづらそうな格好をしているのだし、どこかで適当に休んだ方が良いだろう。
 そうこうしているうちに、二人と一羽は誰かの野営地跡にたどり着いた。
 
 ぱちぱちと火のはじける音がして、白い煙が夜空に立ち昇ってく。少年は拾ってきた薪を火の方へ放り投げ、詩人はどこかに持っていたらしい鍋に、あちこちで拾った雑草をくべてスープを作っていた。その腕は大したもので、すでにいい匂いが辺りを包んでいる。
「あんな材料でこんなに美味しいスープが出来るなんて、感動だよ」
「大げさだなぁ。――そうそう、これも昔とった杵柄というか……一人暮らしをしたこともあったし、なにより……たまに、リュートの先生と隣町まで買出しに行くことがあったんだけどね。ホントに味にうるさい人で。いや、こだわりのある人で……」
 言って、詩人は空ろに空を眺めている。少年はその様子を見ながら、一歩間違えば自分も同じ末路を辿っていたのではないか、と、苦笑した。
 少年はスープを飲み干すと、再び薪を炎に放り込む。そういえば……、と詩人が口を開いたとき、がさがさと草を掻き分ける音がした。
 少年と詩人はとっさに口をつぐんで音のしたほうを向いたが、そこにいる人物は一向にこちらへこようとはしない。そこにいる分にはかまわないのだが、去るわけでもない、来るわけでもない、となると少し気味の悪いものがある。少年が口を開いた。
「そこにいるのは誰?」
 しばらくの間は返事が返ってこなかったが、そのうちに足を引き摺るような重い音が聞こえて、木と木の間から一人の男が顔を出した。微妙に伸びた無精ひげのせいで老けて見えるが、それさえなければまだ若そうだ。
「――悪い、食料を少し分けてもらえるか?」
 男は、少年の感覚で考えれば「少し」とはとても言いがたい量のスープを平らげ、腹ごなしだとでも言うように、自分のこれまでのことを話し始めた。
「どこでも良かったんだ。ただ、あのちっぽけな町から飛び出して、自分の力を試したかった。なみいる強敵と切り結んで、技を磨きたかったんだ。だからこうして世界に出て、いろんなところを転々としてるのさ」
 彼は、そう誇らしげに語った。
「そうだ、お礼をしなきゃな。……ええと、何か良いものはあったか……?」
 そういって彼が自分の荷物をあさり始めたのを少年は見ているだけだったが、不意に一振りの短剣が目に止まった。
「その短剣、凄く綺麗だね」
「ああ、これか? でもこれはやれねぇな。結構値の張るものだし」
「そういうつもりじゃなかったんだ。ただ、綺麗だなと思っただけで」
 少年が決まり悪そうにそういうと、彼はにっと笑った。
「……っていっても、俺が買ったわけじゃないんだが。俺はちょいと譲り受けただけさ」
 少年はわけがわからずにきょとんとしていたが、詩人は何かぴんと来るものがあったらしく、表情を険しくした。
「正攻法で手に入れたものじゃないってこと? 騙し取ったか、それとも裏切ったか。どちらにしろ、俺が君にスープをご馳走したのは正解じゃなかったみたいだ」
「そう怒るなよ。人間、たまにはそういうこともあるもんだぜ」
 詩人がさっさと鍋の中身を片付け始めるのを見て、取り付く島もないと考えたのか、彼は立ち上がって自分の荷を手にとると、一度二人を振り返った。
「でもさ、俺のしたことが必ずしも間違いだったとは限らないと思うんだけどな。相手は、旅を始めたばかりの子供だった。俺に剣を盗まれずに、あのまま旅立っていたとしたら……。きっとそいつは、どこかで命を盗られただろう。どっちが良いかって話さ。まあ、自分の行為を正当化しようとは思わないけど。俺がやったことは結局、裏切り以外のなにものでもないわけだし」
 彼は焚き火を背に歩き始め、最後に一言こう言った。
「それじゃ、ごちそうさん」

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