035 : 復讐
全てが始まったその日から、何年も何百年も経ったある秋のこと。それでも少年にとってはまだ、遠い時代のことだった。
「ねえ、私たちずっと一緒にいられるのかしら?」
女が言った。男は薄く笑って、丘の向こうに沈む夕日を眺めていた。
「どうしていつものように、抱きしめてくれないの?」
それでも、女の方へは振り返らない。女の声が、徐々に焦りを帯びていくのがわかる。それでも、彼にはどうすることも出来なかった。
「ねえ、一体何があったの?」
男は振り返って女の髪を撫でると、かすれた声で呟いた。
「……俺は、選ばれた」
女は顔を青くして、震えるように男の手を取る。しかし態度は冷静だった。もう随分昔から、この日のことを覚悟していたのだろう。
「時計の、守り人……」
「そう、だから……もうおまえとは、いられない」
女はぐっと奥歯をかみしめて、男を睨むと、言った。
「逃げましょう、今すぐに」
「だめだ、どうせ追いつかれる」
「でも……どうしろと言うの?
あなたが連れて行かれるのを、黙って見ていろとでも?」
「いや」
男の声は穏やかだった。
「守り人に選ばれた者に近しい人間は、この世界を取り巻く大きな力に殺される。おまえは逃げるんだ。それも、今すぐに」
女は弾かれたように男の手を振り払い、涙の滲んだ瞳を向ける。男は苦笑した。その後に続く彼女の言葉が、手に取るようにわかったからだ。
「そんなことがどうして出来ると思う?
あなたはどうして、そんなことが言えるの?」
彼は答えなかった。そうして時が来ると、男は一人、世界のどこかにあるという大時計の前に召し抱えられた。
悔しがる彼女の顔は思い浮かべることが出来ても、彼は何もしなかった。そうして互いに忘れていくことができれば、少なくとも彼女は救われるのだ。そう信じていたからだ。
だから彼は、長い時が経つまで気づかなかったのだ。
いつしか女が、強大な力を手にしていたということに。
そうしてそれが破壊者としての、世界を無に帰すための力だったということにさえ。