032 : うれた果実
少年の部族は農耕をしなかった。多くは狩りと牧畜で事を済ませていたのだ。しかしそれでも、毎年その時期が来ると森へ出かけ、木になった果実を収穫したものだった。
「ねえ見て、この実、顔を書くとあなたにそっくりよ」
昔よく共に遊んだ、少女がそう言った。
(ああ、これは夢だ)
少年はそう納得して、そのまどろみを受け入れた。そう、確か昔は、こんな事をして遊んでいたっけ。
「あのドングリは乳搾りの所の子に似てる。あの葉っぱは僕のお父さんそっくりだ」
少年が言うと、少女が尋ねた。
「ねえ、あたしは?
あたしに似ているものも、ある?」
「ええ?」
少年は困ったように頭を掻いて、辺りを見回す。すぐに白いきれいな花を見つけたが、それは見なかったことにして、言った。
「あの洋梨に顔をかいたら、そっくりかもしれない」
「どういう意味?」
「ほら、あの実って下の方が膨れてるでしょ?
よくああやって頬を膨らまして怒るから――」
「失礼しちゃうわ!」
少女は頬を膨らましかけて、慌ててやめた。少年が含み笑いをしていることに気づいたのだ。
「意地が悪いのね」
「そんなことないよ。正直者だってだけだよ」
「正直者、そうね。だから選ばれたのね」
夢の中の少女の声が一変して、それを聞いた少年は身を凍らせた。
「だからあなたは選ばれた。それで、そのせいで私たちは――」
身の毛もよだつような冷たい声。鼓動が早くなる。息が、詰まる。少女が続きを言おうと口を動かしたのを見て、少年は森を一目散に駆け出した。
(聞きたくない!)
――何だ?
一体、何なんだ?
どうして僕は走っているんだ?
急に体の自由を奪われて、それでも少年は、必死でもがき、叫び続ける。
助けて、聞きたくない。彼女の口から、そんなことを言わせないで。
――そんなことって何?
彼女は、何を言おうとしたんだ?
少年は恐る恐る振り返った。しかし途端に頭の中が真っ白になる。胸が締め付けられるようで、苦しくて、苦しくて、それから――
肩で大きく息をしながら、少年は夢から抜け出した。
体は汗でびっしょりとして、夢だったことが信じられないくらい、胸の鼓動がどくどくと打っている。
(彼女は、何を言おうとしたんだろう)
考えても、答えは出てこない。
――選ばれたってなんだ?
一体何のことなんだ?
ふと視線を向けてみると、机の上で秒針の剣がほんのりと、真っ暗な部屋の中で輝いていた。