旅の歯車


031 : 黒い肌

 手に触れる、冷たい鉄の感触。
 ただただ広い、草原でのことだ。少年はそこに佇んで、自分のすぐ隣へ棒立ちになっている、黒く太いパイプを見上げた。
 一体いつの時代からここにあるのだろうか。その大きな鉄の塊は、愛想もなく大地に突き刺さり、足下に生えた草たちに半ばその身を隠されている。少年はそれがいつの日か、戦地で使われ多くの生き物の命を奪った道具であることに気づいていた。
「君は、ここで眠りにつくんだね」
 少年は、そう呟く。
 
 辺りを見回していると、ふと、小さな生き物の影が視界に入った。灰色の毛のウサギだ。ウサギは忙しなく跳ねて、パイプによって作られた陰に身を隠す。
「今日は暑いから、ちょうど良さそうだな」
 少年の声が聞こえたのか、ウサギはまた、どこかへ跳ねて行ってしまった。
 
 小さく水音がして、少年はパイプの下を覗き込んでみた。
 いつかの雨水が、パイプの中に溜まっていたのだろう。細い管からときたま、水の滴が垂れてくる。そのすぐ下には、小さな黄色い色の花が咲き誇っていた。
「これならしばらく、枯れることはないか」
 
 その時ふと、大きな風が吹いた。草原をさざめかせる風は勿論大きなパイプにも届いて、その中央を駆け抜けていく。
 低く、しかし清々しい、風の音が辺りに響いた。
 少年がそのパイプに手を添えると、それが歌っているのだと知れる。
 その黒い肌が今、風を迎えて静かに震えていたのだった。

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