旅の歯車


030 : 巡礼者達

 少年がある町に立ち寄ったときのことだ。その町の中心には他の家よりだいぶん大きな建物があり、その前には五人の若者が、神妙な面もちで立っている。見ているうちに一人の位の高そうな男性が、彼らの一人一人に杖のようなものを渡していった。
 半分は子供で半分は大人の少年少女達が、頭を垂れて建物から離れていく。その様子があまりに厳かで、少年は思わず息を止め、景色に見入ってしまった。
 いつしか五人のうちの全員が建物から去り、男性は建物の中へと入っていった。少年はようやく金縛りから解かれたかのように歩き始めて、建物の前へ立った。建物の中からは澄んだ歌声が聞こえている。昔聖杯の守り人に会ったのと同じ、教会というものだと思うが、あの時とは違う。優しい空気が建物からにじみ出ているかのようで、心地よい。
「この教会にご興味が?」
 後ろから声がかかった。振り返った先にいたのは、先ほど去っていったはずのうちの一人の少女で、その髪の色は空のそれよりも濃く、笑った顔は明るい。
「あ、いえ。歌が綺麗だったから……」
「それを聞いたら、きっとみなさんも喜びますわ。折角ですから、中へ入っていらしたらいかがでしょう?」
 言って彼女は笑う。
「ちょうど私、忘れ物をしたのに入るに入れなくて困っていたところですの。あれだけ旅立ちを祝ってもらったのに、早速戻るだなんて、やっぱり少しお恥ずかしくて」
 二人で扉をくぐると、少年は先ほどのことについて尋ねた。
「さっき、教会の前で何かやってたよね。あれは一体何だったの?」
「ああ、あれは旅立ちの祈りです。私たちはこれから巡礼の旅に出るのですが、それが成就できますように、危険を回避できますように、そういった祈りを捧げていたのです」
「旅立ちの……。君は、なぜ旅に?」
「それも、やはり祈りのためです。町を渡って、その町と世界の平和を祈る。それが私たち巡礼者です」
「世界の、平和を祈る……」
 少女は頷いた。
「この世界に、平等に光が照りますように、大切な人といられますように。祈るだけでは駄目なこともある。けれど祈らずにはいられない。実際に道を歩いて、この手に支えられるだけの人を守りたい。それが、旅の目的です」
 それから最後に、彼女は言う。
「あなたもあなたの旅を、どうぞ頑張ってくださいね」
 少年は一度、頷いた。

:: Thor All Rights Reserved. ::