旅の歯車


026 : 金貨3枚

 ある晩のことだ。
 街道を逸れたところで仮眠を取っていると、どこかから叫び声が聞こえてきた。出向いてみると、立派な馬車が盗賊に襲われている。大方そんなところだろうと思っていたから、少年は驚かなかった。
 相手の数は、十人と少し。脅しをかけて追い返すまでに、大した時間はかからない。
「ありがとうございました」
 馬車に乗っていた貴婦人が、そう言って少年に微笑みかける。
 彼女はお礼だと言って、小さな包みを少年に手渡すと、そのまま馬車を駆っていった。
 包みの中には、立派な細工の入った大きな金貨が三枚入っていた。
 
(――こんなに沢山、一体何に使おう)
 生まれてこの方、少年は金貨など手にしたことがなかった。故郷では金貨など出回ることはなかったし、旅に出てから今までも、その日暮らしでやってきた。正直なところこうして手に持っている今でさえ、それがどれほどの価値を持ったものなのか、今一つ判じかねないでいるくらいなのだ。
 少年はある貧しい村で、数少ない旅人相手に物乞いをしていた少女に、金貨を一枚分け与えた。少女は口に含んで食べられる物の方が良いようだったが、少年も日用品以外にはそれくらいしか持っていなかったからだ。
 少年は次に、町の一角でひたすら空の絵を描く絵描きに出会った。彼がどうしても夜明けの光の色を出すことが出来ないと悩んでいたので、少年はここでも金貨を一枚分け与えた。加工をすれば、良い絵の具になると思ったからだ。
 最後の一枚の金貨を見ながら、少年は考えていた。ある町の、橋の上でのことだ。
 新しい服と、鞄と、それから当面の生活費。これ一枚だけでも、しばらくは事足りるだろう。
 橋の下に、水面をきらきらと光らせながら一本の川が流れている。金貨とどちらの方が、強く光っているだろう。少年が興味本位に手を伸ばし、金貨を掲げたその時だ。
 どんっと何かが少年にぶつかってきて、思わずバランスを崩してしまった。町の子供だ。どうやら、友人達と鬼ごっこをしていたらしい。「ごめんなさい」と手短に謝ると、再び道を走っていってしまう。
 少年はふと自分の手を見て、顔を青くした。金貨が、無い。
 慌てて川辺へ駆け寄るが、落とした金貨は既に川に沈むか流されるかしてしまった後らしく、影も形も見あたらなかった。
 元々が、降ってわいたようなものだったのだ。少年は一度溜息をついたが、翌日からはそれまでと同じように旅を続けることに決めた。
 
 ある村でのことだ。
 その村は一人の少女が稼いできた金貨を元手に、鉱山を掘り急速に発展していった。
 ある町でのことだ。
 一人の青年画家が素晴らしい絵を描き、その国の姫に見初められた。二人は理解ある周囲の人間達に囲まれて、生涯幸せに暮らしたという。
 そして、遠い未来でのことだ。
 ある干からびた川で、大昔の金貨が発見された。それは歴史的な大発見になったのだそうだ。

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