旅の歯車


024 : 道化師

 踊れ、踊れ、くるくる踊れ、抗うことなど何もない、さぁこの地面をしっかりと踏め
 歌え、歌え、堂々と、人に耳などありはしない、さぁ心の赴くままに
 どうせこの世に自由など、見える形でありはしない、知っているだろ、世の理
 広場にはちょっとした人溜まりができていた。路上パフォーマンスというものを始めてみて、少年は目を輝かせる。なぜ、こんなに楽しいものを入場料もなく見せてくれるのだろう。この、道化師という職業は余程の慈善活動なのだろうか。
 しかし一通りのパフォーマンスが終わって道化師が礼をすると、観客達はそこへ金を振りまいた。そのまま帰っていく者もいたが、折角あんなものを見せてもらったのに何もしないのは悪いような気がして、結局、少年の財布がまた軽くなった。
 だんだんと人が散っていく広場で、少年は取り残されたようにベンチへ座り込んだ。少年はいつも、町の広場で休憩をしてから宿を探す。今日もそのパターンだ。
 広場にいれば、自ずとその街が見えてくる。勿論居心地のいい悪いはあったが、居心地が良ければ遅くまでいる、悪ければ早めに宿を探す、それだけのことだ。
 少年がしばらくぼうっとしていると、ベンチのもう片側に誰かが座った。先ほどの道化師だ。
「あの……」
 少年が声をかけると、道化師が顔を向けた。人の良さそうな男だ。
「うん、なんだ? 今日の出し物なら終わりだぞ。さすがの俺でも疲れちまった」
「いえ、そうではないんです。あの、道化師ってどんな仕事なのかなって思って」
 言われて、相手は破顔した。そして、「そうだなぁ」と考え始める。
「道化師ってのは……そうだ、人に夢を与える仕事だ。歌ったり踊ったり、芸をしたりもする。それも舞台なんかでやっているようなまじめなのじゃねえ。思いっきりおちゃらけるのさ。それで、バカにつきあわせて人を楽しませてやる。そいつが、「ああ、人生楽しまなきゃ」と思ったら任務完了だ。……なんだ、志願者か?」
「……いえ、違うんです。でもおもしろそうだな。そういう仕事っていいですよね」
 少年が言ったのを聞いて、道化師は大笑いする。
「いい仕事、ね。そりゃそうだ。なにせ俺は、仕事に誇りを持ってるからな」
「誇り?」
「そう、自分の仕事に対しての誇り。これは持つのも大変だし、捨てるのだって大変だ。でもな、誇りを持つっていうのは、仕事をするときには絶対必要なことなんだ。よく覚えておけよ、ボウズ」
 少年は、なんとなく自分の剣に手で触れた。
 自分は、仕事の誇りを持っているだろうか。そんなことを、誰かに尋ねてみたくなった。

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