旅の歯車


021 : 小さな約束

 少年は、人気のない街道を歩いていた。
 北の地域を探索し始めてから一ヶ月。本当に小さなものから親指の先くらいのものまで、少しずつながら針の欠片も見つかってきた。また少し大きくなった剣を見て、少年は満足そうに微笑む。旅の終わりはまだ見えない。けれど、確実に道を進んできていることだけは確かだった。
 ふと、どこかから話し声が聞こえたので少年は辺りを見回した。人間のものではない。この声の質から察するに、おそらくは……
「だからね、あんたのそれがいけないって言ってるのよ! いい? そういうときは自分からつっこんでいって……」
 声の主は、木の上にいた。二羽。カラスとヒバリだ。
 少年には大体の動物の言葉がわかる。なにせ人間の言葉のしゃべり方を忘れていたくらいだから、そうと知れたのもつい最近だったが、そのおかげで見つかった欠片もいくらかあった。
 動物達の言葉は、なかなかの情報源になる。少年は会話に耳を傾けた。
「でも、そんなことしたら相手が困るわ。必要以上に取ることはないじゃない」
「だからあんたは仲間内でもつまはじきにされるのよ! あのね、蓄えはあるに越したことはないの。ほら、人間の通行者が来たわよ。人間なんてちょっとおどかせば、荷物くらいすぐに落としていくんだから」
 少年は少し驚いた。なるほど、鳥の追い剥ぎか。周りに人はいないから、カラスの言ったターゲットとは自分のことだろう。荷物もとられると困るのだが、よく考えると鞄の中に食料は入っていない。旅費が足りなかったので買わずに来てしまったわけだが、これではもしあのヒバリがカラスに言われたようにできたとして、その蓄えというものにはならないなぁとのんびり考えていた。
 例の木の下に来た。少年がうかがうように見上げると、カラスはどうも驚いたようだった。そうとは知らずにおどおどとしたヒバリが飛びかかる。突然顔に着地されて、少年は多少面食らった。
「ああっ、馬鹿! 着地までしちゃってどうするのよ、脅かすだけでいいの!」
 少年はヒバリをつまみ上げて、眺めてみる。普通のヒバリよりは若干小柄だ。
「その子を放しなさいよ!」
 カラスが大きく鳴いて飛びかかってくる。
 ぎりぎりのところで攻撃を交わして、少年はヒバリを掴んだ手を離した。ヒバリはぱっと飛び立ってどこかへ隠れ、カラスもそれを追うように消えた。
 どこかから、声だけが聞こえてくる。
「馬鹿ね、本当に馬鹿だわ。でもこれじゃあ、いつか餓死しちゃう。どうにかしなきゃならないのよ」
「うん……いつも、ありがとう。でも私、何をしても駄目なんだ……」
 少年は先へ進んだ。町へ着いて食料をいくらか買うと、それを街道へ持っていく。少年がいる間は鳥など出ては来なかったが、少年が次の日に別の食べ物を持って向かうと、しっかり全てなくなっていた。
 
 三日目のことだ。その日はいつものおしゃべりが聞こえなかった。少年が訝しがって奥へ進んでいくと、弱々しい会話が聞こえる。
「ああ、よりによって銃を持った人間が来るなんてね。あいつ、去り際になんて言ったと思う? 何だ、カラスか、って言ったのよ。失礼しちゃうわ」
「カラスさんもう喋らないで。――ああ、でも、おいていかないで。私を一人にしないで。一人になったら私……」
 やがてその会話も聞こえなくなった。少年がいつものように餌をおいて背を向けると、そのうち小さな鳴き声とともにヒバリが出てくる。少年は振り返らなかったが、立ち止まった。
「明日来るのが最後だよ。気が向いたら一緒においで」
 こちらの言葉が通じたかはわからなかったが、ヒバリはきっと理解しただろう。少年はそう思いながら、街へと帰っていった。
 
 次の日にもう一度だけ、少年は街道まで出向いた。ヒバリの姿は見えなかったし、会話ももう聞こえてはこなかった。
 少年は宿に帰って、もう旅立つことを店の主人に告げる。
 宿を出て、少年はふと、聞き慣れた鳴き声を聞いた。あのヒバリだ。
「お別れをしてきました。お別れと、約束です。またいつか、立派なヒバリになって帰るって約束したんです。だから、くれぐれも焼き鳥にはしないでくださいね。……ねえ、あなたはやっぱり、私の言っていることがわかるんですか?」
 ヒバリが尋ねた。少年は答えない。ただうっすらと笑っただけだった。

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