018 : 混血
――ずっと疎んじてきたものが、あっという間になくなった。それは小気味よくもあり、空恐ろしくもある。
右の手には先ほど盗んできた木の実があった。それを見つけて追ってきた警吏が、まず血の海に沈んだ。それからここへ戻ってくると、ずっと自分を見下していた叔父夫妻が。階段を上ると父方の祖父母がやはり無惨に死んでいた。
誰がやったのだろう。彼は考えた。誰が消してくれたのだろう。この、人の皮をかぶった悪魔たちを。
それから、彼は部屋の窓をあけた。血の臭いでむせ返りそうな空気から逃れたいのもあったし、隣接した、古くからこちらの町とのいざこざが絶えないもう一つの町を見たかったから、というのもある。
彼は、二つの町の間で一緒になった、誰にも祝福されない夫婦の息子だった。
「これが自由か」
夫婦がそれぞれの町で殺されたとき、まだ幼かった彼を引き取ったのが叔父夫妻だった。といっても、彼らは親戚にあたる少年を養おうとしたわけではない。ただたんに、子供に恵まれない自分達の優位を、誰にも愛されない子供を慰み者にすることで確立させたかった、そういう理由で引き取られたことを、彼は幼心に理解していた。
その時、彼はちょうど十五歳になったところだった。この年ならば、なんとか一人で生きていくこともできる。遠くの町へ行こう。自由の身になったのだ。もうどこへでも好きなところへ行ける。
彼が階下へ降りると、部屋の中で音がした。注意深く、音の正体を探る。不意に、背後から女の声がした。
「坊や……やっとみつけた」
彼は反射的に声の方へと振り返った。そこにいたのは一人の女。真っ黒な衣服を身にまとい、雪のように白い肌に微笑みを浮かべている。
「誰だ?
……まさか、あんたがこれをやったのか?」
女の右腕には、血に汚れた真っ黒な刃が握られている。彼は身を堅くした。
「怖がらないで、坊や。私の大切な人。私だけはあなたの味方。あなたを愛してあげることができる。そしてあなただけが私をこの檻の中から解放してくれる……あなただけが、破壊者になれる」
彼は首を傾げた。しかし、この女に対する敵意はわかなかった。それどころか女の姿が、声が、いやに懐かしくさえ思える。
「母さん?」
女は微笑んだ。
「私と一緒にいらっしゃい、坊や。あなたに世界を見せてあげるわ。あなたに力をあげる。いらっしゃい。あなたはもう何にも縛られないのよ――」
ためらう理由など、なかった。