旅の歯車


017 : スティグマ

「これでおまえも……この時計の正式な継承者になったわけだ……」
 師は、言った。
「その傷を、誇りに思うか、恥じるか、おまえの好きなようにするといい。ただ……それがおまえの生きた証だと言うことを……」
 ああ、またあの日の風景だ。少年はそう思った。
 目の前の床は、二人分の血で真っ赤になっている。
 一人の男が自分の前にうずくまり、最後の教えを、死の近づきで震え始めた唇で漏らした。
「忘れるな、けっして忘れるな……!」
 少年は震える拳を握りしめて、うん、と、一度重く頷いた。
 
 目が覚めると、窓の外で鳥の鳴く声が聞こえた。夕べ開けっ放しにしてしまった窓からは、さわやかな風が吹いている。その風に吹かれて、少年は自分が汗だくになっていることに気づいた。
 珍しいことではなかったから、顔を洗って汗を拭う。借りられるようならば、後で浴室でも使わせてもらおう。
 次の目的地を決めよう、と、少年が机に地図を広げていると、扉をノックする音が聞こえた。訪ねてきたのは宿の店子だ。既に太陽も世界の真上に上っており、彼女はシーツを取り替えに来たとのことだった。
 ついでに浴室を使わせてもらえるように頼むと、少女はそれを承諾して、それからおずおずと話しかける。
「あの、お傷のほう……大丈夫ですか?」
 傷、というのが、少年の首から胸にかけて走っている傷のことだとすぐに知れた。とはいえそれ自体は既に何年も前にできた古傷だったのだが、今も辺りの皮膚は黒ずんで、知らない人が見れば今でも痛むかのように見えることを自覚していたからだ。
「大丈夫。驚かせたようで、ごめん」
 少年が微笑んだので、店子も安心したように微笑み返す。
 少女は一瞬口を開きかけたようだったが、すぐにやめた。傷についてあれこれ聞くのは、失礼だと思ったのかもしれない。
 だから、少年は自ら話しかけた。
「――よく、「傷は男の勲章だ」なんていうけど、これも似たようなもんだよ。……僕の、誇りの傷だ」

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