旅の歯車


013 : 南にある街

 自分の長年住んでいた場所では考えられないような暑さが昼の景色に上乗せされて、少年はついに身につけていたマントを剥ぎ取った。
 本来なら首元の傷が人の目に触れることを嫌って、町の表通りをこんな薄着で歩くことなど考えても見なかったが、こうまでも暑いのならば仕方がない。背に腹は代えられぬ思いでマントを無理矢理荷に詰めると、少年は再び道を歩き始めた。
 前に尋ねた町で、南の方の町へ行けば色々と面白い景色が見られると言われたので来てみたが、確かに辺りは今までに見たことのないような様々なもので埋められている。面白いことは面白いが、この暑さでは楽しみも半減だ。
 少年はようやく見つけた宿屋に身を置くと、そこでやっと体を休めた。
 石でできたこの建物。焼け石に水、という言葉があるくらいだからどうなのだろうと思っていたが、中は意外に風通しも良く清々しい。冷えた岩壁が肌に心地よかった。
 机の上には鮮やかな色の花と、眩しいほどの果実が。窓の向こうには、不思議な広場がある。大きな井戸のような丸い空間に、水が形のあるもののように突起している、噴水、というらしいものが中心に据えてある。人々はその縁に座って語らったり、子供ならばその中へ入って、びしょ濡れになって遊び回ったりしている。辺りに生えた草木も、これまでには見なかったものばかりだ。
「あんた、北の方から来たのかい」
 女主人がそう尋ねたので、少年はにこりと頷いた。
「そうかい! それじゃ、ゆっくり楽しんでいっておくれ。南には南の良いところが、沢山あるからね」
 少年はもう一度頷いて、それかたふと、尋ねた。
「この辺りには、雪が降ることはありますか?」
「雪? さあ、聞かないねえ……。この辺りは、見たとおりとても熱いからね」
 女主人がその場を去ると、少年はもう一度窓の外を覗き見た。
(なるほど。だからこんなに、何もかもの色が鮮やかなんだ)
 少年は満足そうに頷いて、石の壁へ寄り添うように眠りに落ちた。

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