旅の歯車


011 : 英雄

(あなたの後を追ってみても、構いませんか?)
 少年が心の中でそう尋ねると、それは小さく笑った様だった。
 街道からは大きく逸れた山奥にある、草の生い茂った塚でのことだ。少年は立ち去りかけてふと、振り返る。添えられるように咲いた赤い花が、風に吹かれて揺れていた。
 昔、昔、ここで果てた一人の人間がいたという。
 今ではそれが老人だったのか、若者だったのか、男であったのか女であったのか、それすら伝わってはいない。
 少年は街道へ戻ると、それに従い進んでいった。静かに、一人きりで。そのうち段々と道が賑わい始め、町が近づいたことを知らせた。
 少年が立ち寄った町は、祭騒ぎに高じていた。
 通りの露店の商品には値が付いていない。人々は金も払わずにそれを手に取り、口にする。そのあと見つけた宿屋でも、代金は要らないと丁寧に戻された。
(不思議な町だ)
 だが、嫌いではない。
 少年は賑わう町の広場へ出て、人々の話に耳を傾けることにした。
「あいつだよ、そう、あいつがやったんだ!」
「泣き虫だった、あの子がねえ」
「先の戦争で大した武勲を立てたとか」
「本当に、この町の誇りだよ」
「おかげで、しばらくは税も軽くなるって言うじゃないか」
 ――英雄だよ。そう、彼はこの町の英雄だ。
 先ほど買ったばかりのパンは、いつの間にやら冷めてしまっている。少年が残りを一口で食べきると、噴水に腰掛けていた老人が声をかけてきた。
「旅人さん、珍しい花をお持ちだね」
 老人が何を見てそう言ったのかは、すぐに知れるところだ。少年は上着に刺していた赤い花を手に取ると、「どうぞ」と言って老人に手渡した。
「おまえさん、これをどこで?」
「街道を逸れたところにある、塚の辺りです。あの辺りには沢山咲いていたのに、町の方へ来ると全く見なくなりました」
「ああ。最近じゃあ滅多に見ない。……塚って言うと、あれかい。昔、この辺りの街道を整備して回ったっていう聖人の墓かね」
「はい。そう聞きました」
「物好きな人もいるもんだ。道中、大変だったろう。何故わざわざ、そんなところへ?」
 少年は苦笑した。ただ、「道に迷ったから」とは何とも答えにくかったからだ。
「多分、僕も英雄に会いたかったんでしょう」

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