008 : 滲んだインク
少年は外で降る雨の音に耳を傾けながら、自分にかぶせた毛布をかけ直した。
少年がいるのは、ある森に囲まれた、大きな古い屋敷の一室だ。屋敷に人の姿はなく、風雨にさらされペンキの剥げた壁の様子から察するに、この森の中に取り残されて既に何年もの月日が経っていることがうかがえる。
夕方、降り出した雨に難儀をしていると、この屋敷が偶然視界に入ったのだ。入れと言わんばかりに開け放たれた門を見て、少年は勝手におじゃまさせてもらおうと決めた。
埃を少しはらっただけの、ソファ、少年が寝返りをうつと、不意に灯していた灯りが消えた。嫌な感じはあったが、もう眠るのだ。灯りが消えて、何か困るものでもない。少年はそのまま目を瞑って、いずれ気持ちの良い寝息をたて始めた。
翌朝少年が目を覚ましても、屋敷の中に変化はなかった。雨はやんでいる。しかしそれだけだ。
少年は庭に出て火をおこし、簡単な朝食を済ませる。屋敷の中からカップを二つ頂戴すると、今度は薄い茶を煎れた。それを両手に持って、少年はとんとんと階段を上がっていく。心得顔で、書斎の扉をノックする。返事はなかった。
「失礼します」
勝手に部屋に入り込むと、少年は机に二つのカップを置いた。無論部屋には誰もいないのだが、少年はそれでも気にせず、穏やかに笑った。
「昨晩は宿を貸していただいて、ありがとうございました。お礼と言っては何ですが、もし眠れないのでしたら、少しの間おつき合いしましょうか?」
少年がそう声をかけた瞬間、屋敷中の窓という窓が一斉に開かれ、一陣の風が吹き込んだ。屋敷の中の静かな空気が、あっと言う間に爽やかなものに入れ替わる。
同時に机にあった厚いノートのページが風に踊り、それが収まった頃、ページの一つに文字が浮かび上がった。
涙に滲んだようなその言葉を見て、少年は寂しく笑うと、誰にするでもなく一つ礼をした。