旅の歯車


007 : ギルドマスター

 少年が探し物の途中であると告げると、それを聞いた男はご丁寧にその建物までの地図を細かく紙に記してくれた。
 少年が捜しているそれは、人に尋ねてみて見つかるようなものではない。少年自身もそのことはよくわかっていたのだが、町に入った瞬間例の男に捕まってしまい、どこから来た、どこへ行くのか、なぜ旅をしているのか、今日の宿はとったのか、昨日は何を食べたのか、ともかくつきることを知らない問いの雨で、しまいに少年は何とか、探し物をしていること、そのために急がなければならないことだけを告げた。
 それは悪いことをした、と、男は悪びれもなく言い放ち、それから今少年が手にしている地図を書いたのだった。その間も勿論、その男のおしゃべりは止まらなかった。本当は地図を書くのではなく直にそこまで送ってくれると言われたのだが、そちらは丁重にお断りさせていただいた。
 少年はこの町へしばしの休息を取るためだけに立ち寄ったのであって、探し物に関しては町より山林、野原で偶然見つけるといったことの方が多いことまでわかっている。事実、あれが一体どれだけの数に分かれてしまっているのかは見当もつかないが、今までに見つけた欠片が町の中にあったことは、あまりなかった。
 食料を買い、必要なものを補充すると、少年にも暇ができた。先ほど渡された地図を見てみると、どうやら場所としては、今晩のためにとった宿からそう遠くもないようだ。どうせだから行くだけ行ってみようかと、少年はやっと地図に書かれた道をすすむことにした。
 
 そこが一体何屋なのか、少年には理解しがたかった。
 そこにはたくさんの人がいて、互いに何か、楽しそうにやりとりをしている。酒を飲んでいるものが多いので酒屋かとも思ったが、よくよく見てみると、そこにいるほとんどが旅人のような雰囲気だ。一体ここで何があるのだろうと首を傾げながらカウンターの席に腰掛けると、その内側から声がした。
「よぉ、遅かったじゃないか」
 少年が辺りを見回すと、そこにいたのは先ほどのお節介な男だった。彼は鼻歌混じりにジョッキを持つと、そこへなみなみと酒をつぐ。強いアルコールの香りがした。
「ここの……従業員だったのか」
「おうよ、俺がこのギルドのマスター。どうだ? 探し物の手がかりは見つかったか?」
 少年は首を横に振って、逆に、ギルドというものが一体何なのかを尋ねてみた。
「ああ、ギルドっていうのはだな、一言で言うと「協同組合」ってやつさ。商売人だったら商売人、羊飼いだったら羊飼いのギルドってもんが、どこかしらにある。ここは旅人専用のギルドさ。あっちこっちから旅人がやってきて、お互いに情報を交換する。その情報は道の都合だったり、紛争の情報だったりいろいろさ。互いに自分の利益になるものを仕入れて、代わりに情報を売る。――飲みな。酒が駄目って訳じゃないだろ? 何、一杯目から金は取らないさ。二杯目以降は別だけどな」
 少年は一口だけ口に含んだが、それ以上は手をつけようとしなかった。
「それじゃあ、さっきは客引きを?」
「ん? ああ、それもあるな。……まあ、どちらかといえば誰と構わず人と喋りたかっただけだ。いや、見ての通りの喋り好きでな」
 言って男は豪快に笑った。
 かまわず喋り続けられた側としては一概になんとも言えないが、少年も人とこうして喋ることは、意外に楽しいなと思い始めていたところだ。もう少しならつきあっても良いだろう。
 ここにいるほかの客たちも、こんな人間ばかりなのだろうか。
 話すのが好きで、人といるのが好きで。
 話すという行為は、人と人が一番簡単なレベルで行うことのできる通信手段だ、と、少年の師が昔言っていた。確かに、と思う。これを十何年も忘れていただなんて、とても大きな損をしたように、少年はふと、思った。

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