旅の歯車


005 : 呪い

 永遠の時の呪い。
 そういえば、少年の師がそんなふうに呟いたことがあった。
 大時計の前にいながらにして、自らは時の束縛を受けない者。それが少年のような、時計の守り人だ。けれどそういえば、そのシステムは一体いつから繰り返されてきたのだろう。
 守り人は常として、師から仕事を学ぶ間と、次の守り人に仕事を教えるほんの数年の間以外は孤独なのだと、そんなふうにも言っていた。しかしそういえば師から学んだのは本当に仕事のことだけで、彼が一体どれだけの間あの時計を守り続けてきたのか、彼の師は一体どんな人だったのか、彼があの仕事に就くまではどんな人生を送っていたのか、少年は聞いたことがなかったことに、今更気づいたのだった。
 少年は外見から本人の年齢を当てることが苦手だったのでなんとも言えないが、師は大体、十歳だった当時の少年の父ほどの外見だったと記憶している。
 守り人のもつ時は、その師が死んだときに初めて失われる。それを考えても、少年の師は少なくとも、二十年はこの世界で一人の人間として暮らしていたはずだった。
 彼はどうして、あの時計に出会ったのだろう。何故、守り人となったのだろう。
 今となってはどれも解らないことばかりだ。彼は、死んでしまったのだから。
 ……老いることのない体を見ながら、彼はそれを呪いだと称した。ならば、その体をも捨てて魂だけの存在になった今は、呪いから解き放たれたのだろうか?
 今度は、その呪いが少年に回ってきたから? 誰かが身代わりになれば、自分もこの役目から解放されるのだろうか。少年は自問した。
 自分が死んで、誰かに「呪い」が移動する。移動先となった人間が死んで、その次にまた誰かがこの責務を負う。
 ひょっとしたら、と、少年は考えた。
 呪いとはもしかして、本当はそれ自体のことなのではないだろうか。一人一人の時間などに、大した問題はないのだ。大きな時間の中で、けっして無くなることのない守り人としての役目、それが本当の、「永遠の時の呪い」――。
 少年がそんなことを考えていたのは、あの出来事のわずか四日前だった。
 四日後、少年の与えられた道はがらりと姿を変容させる。時計の損傷、そして少年の旅立ち。もしかすると、それは少年に課せられた「呪い」が変化していく前兆であったのかも知れない――

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