旅の歯車


004 : 霧深い都市

 少年が訪れた都市は、深い霧に包まれていた。
 少年は霧があまり好きでなかったのだが、前に立ち寄った町で買った地図を見る限り、この都市を逃せば次はなかなか休めない。ならば多少遠回りでも、霧がどんなに深くても、折角の休憩場所を無駄にすることはできなかった。
 少年が町へ踏み込んでしばらく行くと、そのうち大きな石像のある広場へと辿り着いた。
 少年は近くの店で昼飯にと饅頭を買って、石像近くのベンチに座ると石像を見上げる。
 大きな石像だ。下の方になにやら細々とした生き物がいて――ひょっとすると人間かもしれない――その上に不思議な形の石の固まりが乗っている。
 石像の近くには説明書きがあり、それは少年にも読める簡単な文字で記されていた。
   この都市に幸福の光届くことを熱望す
   この目にかかる厚い毛布を
   この腕にかかる空気の鎖を
   いつか裁ち切り無に帰すことこそ
   我らの最初で最後の願い
 それによるとどうもこの石像は、この都市の人々が霧を持ち上げ、追い払うという願いを表したものであるらしい。一体誰が霧を石像で表そうなどという発想をしたのかまでは解らないが、とりあえずこれは解説を読むなどしない限り、なんの像なのか見当もつかないだろう。
 少年はもう一度、ベンチに座り直した。
 上の妙な固まりが霧、下で群がっているのが人。それを知ってから見たその石像は、確かに霧を追い払おうとしている人々の像にも見える。しかしまた、それは人々が「霧」に押しつぶされる様子にも見えたし、人々が霧をみて万歳をしているようにも見えた。
 不思議だな、と、少年は思った。
 どうして一つの物を見て、こんなにも色々な様子を見ることが出来るのか、どうしてその一つ一つが、こんなにも違った意味を持っているのか。
 少年は、宿を探すために立ち上がった。
 饅頭の入っていた袋を丸めてふと上を仰ぎ見ると、霧がかった空に太陽の光が差し込んで、辺りの風景を一段と輝かせている。
「わぁ……」
 少年はいつの間にか、霧が嫌いではなくなっていた。

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