吟詠旅譚

太陽の謡 第一章 // 町を買った少年

000 : Praefatio

 遥か眼下の町の中央で、涼やかな音が鳴り響く。昼を告げる鐘の音だ。
「わたしは地であり、空であり」
 暖かな風に煽られて、足下の草地がざあとざわめく。緑に覆われたその丘に、小さな鈴の音と、軽やかな歌声が響いていた。
「輝ける羽根の鳥である」
 太陽の光が暖かい。ラトは目を細めて空を仰ぎ見ると、まだ幼い体いっぱいに息を吸う。今日もまた、太陽の一番輝く時間がやってきた。
「嵐のように静まりかえり」
 遠い昔に教わった、羊飼いの歌を口ずさむ。
「心に音なく鳴り響け、光り舞う日の白銀の唄――」
 歌を歌うと、ラトは自分が満たされていくことを知っていた。食欲でもなく、物欲でもなく、ただ、この満たされない思いを唯一鎮めてくれる魔法の呪文。
 少し遠くで、犬の吠える声がする。追い立てられてラトの元へ帰ってきた羊が一匹、そのふわふわと温かい体をなすりつけた。ラトは微笑んで、短く口笛を鳴らす。
「みんな、そろそろ帰っておいで!」
 今からのんびり家へ帰れば、昼食までには十分間に合う。もうじき、町の学校へ通っている妹が帰ってくるはずだ。今日は町で何があったのだろう。ラトはもう一度眼下の町を見下ろして、苦笑した。自分には立ち入ることを許されていない、人の多く住まう場所。町にはこの丘からでは想像もできないような大勢の人がいて、色んな勉強をし、色んな遊びをして、それから……
 俯く。そして静かに、ラトは自分の額へ手をやった。
 仕方のないことだ。もう諦めた。これがある限り、自分には、普通の人と同じような生活などできないのだと知っているから。
 ――ソールフィヨル大陸に位置するレシスタルビア王国統治下、最辺境の町、マカオ。その町からすら隔たれた小高い丘の上でも、一つ、物語が始まろうとしている。
 ラトが手をあてた額では、本来ならばあり得ない、第三の瞳が町を見下ろしていた。

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