かげぼうし


かたかたかた、おなべのふたが、おどる音がします。
「ユンちゃん、いつまでも泣いていたって、しょうがないでしょう」
お母さんが言いました。ユンちゃんは今日、お友だちのチカちゃんとけんかしてしまったのが かなしくてかなしくてしょうがなかったのです。
お母さんはおなべの火をとめると、ユンちゃんの頭をなでて、言いました。
「ユンちゃんの好きなおかしを買っておいで。だけどかえってくるときには、いつものげんきなおかおを見せてね」

ユンちゃんが外に出ると、空はもう赤くなっていました。
ユンちゃんの足の下から、長いかげぼうしがのびています。ユンちゃんが走ると、影もいっしょに走りました。
「このかげ、わたしとおんなじなのかしら」
ユンちゃんは言いました。
「わたしとおんなじにさびしいのかしら。わたしとおんなじにおこるのかしら。それならわたし…かげなんかきらい。だって、かげもわたしとおんなじように、チカちゃんにひどいこと言うかもしれないもの」
ユンちゃんはそのままおうちへかえりました。
お母さんにおこづかいを返すと、お母さんは心配そうにしています。ユンちゃんは急に、とてもかなしい気持ちになるのでした。

次の日、ユンちゃんがいつものように目を覚ましたときのことです。いつもだったらユンちゃんのお弁当を作りながら、おはよう、といってくれるお母さんがいません。
「お母さん、どこへ行ったの?」
さがしてみても、お母さんはみつかりません。お父さんもいませんでした。
ユンちゃんは外の道へ飛び出しました。道には誰もいません。おとなりの家をのぞいてみました。いつもは犬小屋でねむってるポチもいませんでした。
そうして、ユンちゃんは気づきました。ユンちゃんの足下で、いつもユンちゃんを追いかけていたかげも、いなくなってしまったのです。
ユンちゃんは怖くなって泣きだしてしまいました。だって、ユンちゃんはひとりぼっちになってしまったのです。

ユンちゃんが泣きながらとぼとぼ歩いていると、どこかから声がしました。
「ひとりぼっちでないてる子、かげとさよならしちゃった子」
言ったのは、ふたごキリンのぶらんこでした。ユンちゃんはいつの間にか、昨日チカちゃんとけんかした公園へきていたのです。
「どうしてそんないじわるなことを言うの?」
「いじわるなんて言っていないさ。だけどぼくたち、うそも言っていないよ」
「言っていないよ、言っていない」
それもそうです。ユンちゃんがまた泣き始めると、ふたごキリンのぶらんこが言いました。

「泣かないで、ユンちゃん」
「ぼくたちはいじわるしようと思ったんじゃない、だから泣かないで」
ユンちゃんは今にも大粒の涙が出てきそうなのをこらえて、たずねました。
「どうしたら、わたしのかげに会えるの?」
ふたごキリンはにこっとしました。
「会いたいのなら、ユンちゃんはすぐに会える」
「行ってごらん、かげのあるところへ。ユンちゃんとかげはすぐに会える」
ユンちゃんがまわりをみまわすと、ゾウのすべりだいの下に、かげがあるのがわかりました。
「ありがとう、キリンさん。さっきはいじわるだなんて言ってごめんなさい」

ユンちゃんがすべりだいの下へはいると、ゾウが言いました。
「きみは、かげに会いに行くのかい?」
「そうよ、わたし、かげに帰ってきてもらうの」
「そうかい。もしかげに会えたら……」
ゾウの答えが聞こえました。いえ、聞こえなかったかもしれません。気づくとユンちゃんは、知らないばしょに立っていたのです。

「わたしのかげを知りませんか?」
知らないばしょには、いろんな大きさをした人がいました。だけどふしぎなのは、みんなあたまから足まで、大きな布をかぶっていることです。
「知らないよ、かげをさがしてどうするの」
「わたし、かげに帰ってきてもらうの」
「それならユンちゃん、考えなくちゃいけないよ」
「何を?」
ユンちゃんはたずねました。
「ユンちゃん、考えなくちゃいけないよ。かげに会ったらなにを言えばいいのか、かげに帰ってきてもらうには、一体どうしたらいいのかってね」

ユンちゃんがたくさんたくさん歩いている間、ユンちゃんはたくさんたくさん考えました。
かげにあったらどうしようか、かげに会ったらなんて言おうか。
そうしているうちに、ユンちゃんはたくさんのとびらをぬけました。たくさんの人とすれちがいました。だけどとびらの数がいくつだったかはわからないし、すれちがう人のかおはあいかわらず見えませんでした。

やがてユンちゃんは、つかれて立ち止まってしまいました。
どこまで行っても知らないばしょばかりだし、ユンちゃんのかげも見つからなかったからです。
「わたしのかげも、布をかぶっていたらどうしよう。もしかしたらわたし、もう二度と会えないのかもしれない」
ユンちゃんがまた、泣きかけていたときです。一人の人が、ユンちゃんのまえで立ち止まりました。
「どうして泣いているの?」
「だって、わたしのかげに会えないんだもの」
「さがしたらいいじゃない」
「たくさんたくさんさがしたのよ、でももうだめなの。わたしがわるいの。だってわたし、かげにひどいこと言っちゃったんだもの。ひどいこと言うのは、いつも私だったの。チカちゃんにひどいこと言ったのも、かげにひどいこと言ったのもわたしなの。だからもう、会えなくなっちゃったの」

布をかぶった人が、ぽんぽん、とユンちゃんのあたまをたたきました。
「ねえユンちゃん、考えた? かげに会えたらなんて言うのか、帰ってきてって、どうやって言うのか」
ユンちゃんはうん、とうなずくと、布をかぶった人の方を見ました。
「わたしね、かげに会ったらこう言うの。ひどいこと言ってごめんなさい、ほんとうにほんとうにごめんなさい、って」

ユンちゃんが言ったとたん、布をかぶった人がにこりと笑いました。笑ったのが見えたのも当然です。いつのまにか、あたりを歩いていた人がみんな、布をぬいでいたのです。
ユンちゃんの前に立っていた人は、チカちゃんでした。
「ユンちゃん、ごめんね、わたしもごめんねって言いたかったの。だけどたくさんおこって、ごめんなさい。これからもわたし、ユンちゃんのおともだちでいてもいい?」
ユンちゃんは元気にうなずきました。まわりでは、布をぬいだおかあさんやおとうさんもにこにこしています。
ユンちゃんのあしもとには、かげが帰ってきていました。

ある日ユンちゃんが公園をあるいていると、ふたごキリンの声がしました。
「ユンちゃん。かげに会えたユンちゃん。もう一人じゃないユンちゃん」
ユンちゃんはにこにこと笑って、ありがとうといいました。
「かげのいるばしょ、おしえてくれてありがとう」
ふたごキリンもにこにこ笑って、
「言ったでしょう、すぐに会えるって」
「言ったよね、だってユンちゃん、ぼくたちにはごめんなさいが言えたもの」
そのとき、すべりだいの方からチカちゃんの声が聞こえました。
「ユンちゃん! 見てみて、このお花!」
ユンちゃんはふたごキリンに手を振ると、チカちゃんのいる方へ走り出しました。
2003?

:: Thor All Rights Reserved. ::