翼の盾に守られながら、エテは泣いていた。
追手が来たのだ。松明を掲げ、各々鍬や鋤を持ち、月夜の闇に引きずり出して、エテを火あぶりの刑にするために。
頬を押し付けた母の胸の奥では、ふいごのような彼女の呼吸が、かすかに恐怖をはらんでいる。刃のような冷たい敵意と夜を焦がす炎に囲まれ、娘と同様に怯えているのだ。
「グリフォンだ――弓兵、打方用意!」
(弓兵? ……今度こそ、エテをしっかりころす気なんだわ)
男の号令で、幾多の弓弦がきりりと軋みをあげる。飛び上がったところで、矢の雨の餌食となるだろう。逃げ道はない。
そんな中、彼女がクルル……と、のどの奥で優しく鳴いた。はっとして胸に埋めていた顔をあげると、激しく横に首を振る。
(いや。そんなの、ぜったいだめ)
――私が囮になるから、その隙にお逃げ。
獣の姿のエテの『母』は、愛しい『娘』にそう告げたのだ。
(戦わなくちゃ。もう家族を失うのはいや。……でも、)
もし、また魔力が暴走してしまったら?
そんなエテの逡巡を、男たちが待ってくれるはずもなく。
「放て!」という号令と同時に、数多の矢が風を切る。懐に抱くエテを守ろうと、母が強く翼を寄せた。
「だめ!」
風切羽をかき分けて、エテは母の前に飛び出した。
放たれた矢が、一本二本と、的の大きな母に突き刺さる。苦しげな悲鳴の間に、羽を貫き肉を穿つ鈍い音が、エテの耳のそばで幾度も弾けた。
「やめて!」
もう一度、声の限りに叫んだ。すると「打方やめ!」の号令で、矢の雨がやんでゆく。しかし。
「――っ」
最後に放たれた矢が、エテの肩に突き刺さった。傷にこみ上げる熱と痛みとは反対に、体の芯は氷のように冷えてゆく。
(ママは……ぶじ? ママが、ぶじなら、エテは――)
振り返りたい。頭を動かそうとするけれど、もうエテの体はエテの意志をくんではくれなかった。
(……さむい)
ぐらりと、体が傾いだ。何も見えなくなる直前、満天の星空が視界を埋め尽くす。高く高く澄み渡り、まあるい月と星屑たちが、エテを静かに見下ろしていた。